「あっ」
鞄を探る手が固まった。隣の席の女子がどうしたの? と声をかけてくるので、たいしたことではありませんよ、と微笑み返す。その子は頬を赤らめて黙りこんだ。
もう一度鞄の中を確認するが、何度見ても結果は変わらない。予習の時に使って机の上に置いたままになっているだろう国語辞書。今日の授業で使うはずだ。……仕方がない、誰か他のクラスの人に借りよう。
「なんだ、古泉お前、友達いないのか」
開口一番がそれか、と内心で舌打ちをするが、彼の言う通り親しくしている人はあまりいないと自分でもある程度認識しているので深くは突っ込まない。
辞書を借りるのに、何故か一番そういった物と縁遠そうな彼の所に足を運んでいた。持っていませんか、と尋ねた所の返事がそれだ。
「ほれ、これで良いんだろ」
ちょっと待ってろ、と言われて廊下で立ち往生していたら、彼が片手に国語辞書を持ってくる。意外なことに目を見開くと、不機嫌そうに彼が口を開いた。
「なんだその反応」
「いや、まさか持ってらっしゃると思ってなかったので」
「ばーか、俺だって真面目な学生だぞ」
そう言って胸を張る彼に、彼の友人の……確か国木田君、が「キョンは教科書とか資料集なんかは置き勉してるんだよ」と後ろからツッコミをいれる。馬鹿国木田黙ってろ、と怒る彼に苦笑していたら矛先はこちらに向いてしまったようで「そんな風なら貸さんぞ」なんて拗ねられてしまい、それを宥めていると予鈴がなった。
おかえり古泉くん、と隣の席の女子が話しかけてくるのに適当に答えながら席に着く。本鈴が鳴って、国語教諭が入ってきた。
教科書の該当ページを開いて、授業を受けるポーズをとる。彼から借りた辞書のカバーにはネームペンで彼の名前が書かれていたが、その上から同じくネームペンで横線が引かれており、涼宮さんらしき字体でキョン、と大きく書かれていた。それがなんだか微笑ましい。
なんとなく辞書をぺらりと捲って、適当に眺める。彼が授業中に眺めているように、なんとなく。よく見ると、所々に彼の落書きが見えた。明らかに勉強には関係ないだろう書き込みが可笑しくてついつい頬が弛む。
そのままページをめくり続けていると……見つけてしまった彼の落書きに、目を見開いた。つい声が漏れてしまったようで、隣の席の女子が不思議そうにこちらを見ている。
――恋、という言葉の後に書かれた、五文字のひらがな。それはどう見ても彼の字体で。
自分の頬が熱くなっているのがわかる。おそらく端から見れば真っ赤になっていることだろう。
彼にとってはただの言葉遊びの類いなのかもしれない。でも……こんなに嬉しいと思ってしまう自分がいる。
恋ずみいつき。
それは紛れもなく僕の名前で……それまではあまり気にも留めていなかったのに、彼の落書きが、新しい意味をくれた。
赤くなっているであろう顔を隠すために机に肘をついて手のひらで軽く顔を覆う。
愛、とか好き、とかいう言葉の横に、彼の名前を書き足したら、いったい彼はどんな反応をするだろうか。そんなことを思いながら、僕はシャープペンシルを手に取った。
恋する言ノ葉
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