古泉の笑顔に苛々している自分に気付いたのはいつ頃だろうか。いつもニコニコと胡散臭い笑顔を貼り付けた成績優秀・眉目秀麗なイエスマン、古泉一樹。俺がこいつの笑顔に苛々するのは、まぁその人を喰ったような感じというか、なんとなく馬鹿にされているような感じがひしひしと伝わってきたからだと思う。

 SOS団というものは案外暇で、団長様であるハルヒが突飛なことを思い立ったりしない限りはやることが限られている。二人でボードゲームなんかを毎日のように繰り返していれば、ヤツのことをまじまじと見つめる時間くらいできるものだ。


「今日は何にしますか」
「何でも構わん、適当に選んでくれ」
「じゃあポーカーとかどうでしょう、最近カードゲームもしてませんでしたし久しぶりに」
「りょーかい」

 半ば古泉の言葉を遮るように返事をすると、ヤツはやれやれといった風に笑い、トランプを手にとって軽く切っていく。プロのマジシャン顔負けの鮮やかな手つきでスマートにカードを扱うその様だけを見れば、ポーカーでワンペア揃えるのがやっとの男には到底見えない。
 手入れでもしてるのか?とにかくこいつの手は指先まで綺麗に整っている。細くて長い指だ。無駄な肉なぞついちゃいない。指輪とかさぞかし似合うことだろう。俺?俺にはそんな洒落た物は似合わん、自分が一番わかってるさ。
 目の前に配られたカードを取り、じっと見つめる。ダイヤとクラブとスペードのジャック、ハートの8、そしてスペードの3。既にスリーカードか、運が良いな。残りの2枚を交換に出そう。フルハウスなんかになれば儲けものだし、揃わなくても役は既に出来てるしな。
 さて、ヤツはどうだろうか。自分のカードを見るフリをして、ちらりと机の向かい側に座る古泉に視線を向けた。ニコニコと普段と何ら変わらぬ胡散臭い笑顔で手札を眺めている古泉。なんだか苛々する。くそ。
 相手に気付かれずに注視することはそう簡単なことではないはずだが、古泉のヤツは思った以上に鈍感らしい。まぁ俺の盗み見スキルが高いからかもしれんが。俺のそのスキルの上達はもちろん朝比奈さ…いや、ここは黙秘させてもらおう。
 とにかくだ、俺は苛々を感じつつ古泉を眺めていた。男のくせに睫毛が長いし、目とか鼻とか口とか、一つ一つのパーツが整っている。このイケメンめ。あ、なんかムカつくな。
 と、古泉が表情を少し崩してふっと此方に視線を向けた。目が合う。古泉は少しだけ困ったような笑みを浮かべている。……今まであまり見たことないような笑みだ。

「あの…」
「どうした古泉」
「その…ちょっと恥ずかしいんですが…」
「……何がだ」
「えっ……あ、その、貴方がこちらをずっと見てらっしゃるので……貴方に見つめられると恥ずかしいなぁ、と……」

 気付いていやがったのか。小さく舌打ちしそうになったが、そうすると古泉の台詞を肯定していることになりそうだったし、何だか俺が負けた気がするので、無理矢理抑え込む。

「見つめる?何を言ってるんだ、この自意識過剰め。お前はポーカーで相手の表情以外の何処から相手の手札を推測するんだ」
「あっ、……そうですよね」

 そこまで言って、古泉はうつ向いた。よく見ると、耳が赤くなっている。珍しいこともあるものた。困ったように笑う古泉も、耳まで赤くして恥ずかしがる古泉も、俺は知らない。

「おい古泉」
「な、なんですか……」
「耳、赤いぞ」
「言わないでくださいよ…けっこう恥ずかしいんですよ、僕」
「まぁそれは見てればわかる」
 顔をあげた古泉は、笑ってはいるもののやっぱりいつもの胡散臭い笑みじゃなかった。不思議と、苛々は感じない。

「なぁ古泉」
「…なんですか」
「お前、あんまり無理するなよ」
「……貴方は、僕が無理してる、と?」
「ん?違うのか?」

 その言葉に古泉は口を閉ざし、少し考えるような仕草を見せたあと、カードチェンジしますね、と言って場に3枚カードを捨て新しいカードを引いた。そのカードを見た瞬間に、また古泉の表情が崩れる。あんまり良くなかったんだな。古泉は恥ずかしいのかこちらに顔を向けようとしない。

「お前、かなり動揺してるか?」
「……お恥ずかしながら」
「お前にも可愛い所があるんだな」
「な、何の話ですかっ!?」
「動揺し過ぎだろ。ま、今みたいな顔の方が良いってことだ」
「はぁ」
「いつ見てもお前の表情は胡散臭いからな」
「失礼ですね」
「そんなムカつく笑顔してるよりは、今みたいな表情のほうがいきいきしてる。俺はそっちのが好きだ」
「えっ…」

 古泉が顔を真っ赤にさせて俺を見る。今まで見たことない、古泉のこんな間抜け面。普段の胡散臭い笑顔よりよっぽど高校生らしくて好感が持てた。




 今思えば、あのポーカーをした日が運命とやらの分かれ目だったのかもしれん。少なくとも俺はそう思っている。
 何故なら、あの日から俺は古泉のいろんな表情を見たいと思うようになったし、古泉も俺の前では少しずつ表情を崩すようになったからだ。俺が古泉の笑顔に苛々していた理由も今ならわかる気がしないでもない。馬鹿にされている気がするとかそんなこと以前に、古泉が無理していたから嫌だったんだろう。
 まぁそんな結論に持っていくようになったのはそれこそ俺が古泉にほだされている証拠だ。仕方ない。これも運命だ。恨むなら、あの日ポーカーをした自分を恨むべきか。

 そんなことを、俺は自分の隣ですうすうと寝息をたてるイケメンを見つめながら考えていたりする。ヤツの口癖じゃないが、まったく困ったもんだね。



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