【幽と臨也】






「ほんと、なんでこんなデキた弟が育つのかなぁ」

兄はあんなに憎たらしいのにね、と微笑む彼は、ひたすらに美しい。
職業柄、美人と形容される人々との交流が多い自分ですら、彼の外見には感嘆の息が溢れる。というより、自分の好みなのだ。彼の顔立ちが、すきだ。

「兄貴は、」

紅茶のカップを手に取り、軽く口づける。鼻孔を擽る香りに小さく目を伏せた。少しだけ温くなった琥珀色の液体が唇を濡らす。

「このこと、知ってるんですか」
「このこと?」

何の話? と、とぼけているのか本気なのか判りかねる微笑を称え、彼も同じくカップに手を伸ばした。伏し目がちのその瞳は長い睫毛に縁取られ、影が落ちるのではないかと思わせる程だ。

「そうだね、例えば君がこうして俺が一人の時を見計らって俺の事務所に足を運んでることとか、」

そうして楽しそうに笑いながら言葉を紡ぐ彼は、酷く残酷だ。残酷で、しかしそれでも、いやそれだからこそ、その美しさは損なわれることがない。

「実は君は紅茶よりコーヒーが好きなのに、俺が出すからって必ず最後まで飲むこととか」

濡れたままの唇を舌で軽く舐める。砂糖も何も加えられていない液体は、真っ黒な自分の瞳を映している。ゆら、ゆらり、水面が揺れる。

「俺がシズちゃんの名前を出すと、君がほんの少しだけ表情を曇らせることとか」

かちゃ、彼がカップを置く音。指先まで手入れの行き届いた彼の手は、気持ちがいい。

「それらの行動の理由とか、あと」

にっこりと音がするかと思う程に、しかし見ようによっては気恥ずかしくて照れているかのようにも見えるその笑みを、真っ直ぐに向けられて。ざわ、ざわり、心が揺さぶられる。

「こうしてることも、全部、ぜーんぶ」

赤茶けたその瞳がこちらを捉えた。視線が絡みあう。逃れられないほどのその眼力に囚われる。ああ、既に陥落しているのだった。

「君のお兄さんには、内緒だよ」

にぃ、と弧を描く唇が、自らのそれと重なる。


彼は、秘密を宿している。
自分と彼と、秘密を共有するこの甘美な響きを、いったい何と例えれば。


内緒話

101209 (Thu) 23:58

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