【九十九屋と臨也】




(例えばあいつは朝だ。きらきらと光って、照らして、眩しくて、濡れた葉が、蕾が開いて、眩しい朝だった)
(そして例えば彼は夜だった。侵食していく闇だった。俺を食い潰し、笑う、夜)



午後、11時、27分、30秒をお知らせします。
吹きさらしの屋上で携帯電話に耳を傾けた。規則正しく響く声に、一つ、息を吐き出す。吐き出した息は夜に融けていった。録音された単調な音声は、虚しい。しかしその単調さが、あの男のようだった。午後、11時、27分、50秒をお知らせします。通話終了のボタンを押し、薄い携帯電話をポケットへしまい込んだ。この場所は、酷く冷える。
俺はあの男の電話番号など、知らない。知らなくても問題ない。知らなくても、夜はそこにいる。

そうして冬の夜の空気を肺いっぱいに満たしていると、ズボンのポケットにしまいこんだ携帯電話が震えた。新着メール、1件。件名、なし。差出人は、。

『なんだ、寂しいのか』

たった一文だ。たったそれだけの言葉。お前のことなんてなんでも知ってるぞ、と言いたげな文面に、吐き出す息が白く溶けていく。

「うるさい、ばか」

小さく言葉を漏らせば、再び手の中で携帯が震え、メール受信を知らせる。

『折原は寂しがり屋な情報屋だからな』
「だまれ、よ」
『黙ってもいいが、お前が寂しくなるだけだぞ?』
「静かにしろ、」
『……やれやれ』

一方的なメールの受信。どこでどうやってこの男が俺の言動を知っているのかは、もう気にしなくなった。この男は、九十九屋は、何でも知っている。それだけで充分だった。俺のこと、俺が何を思っているのか、誰を想い、寂しい夜を過ごすのか。全てを知った上で、気まぐれにメールを寄越す。

「わかってるなら、メールするなよ」

九十九屋は知っているのだ。俺が夜を嫌っていることも、朝を待っていることも。わかっていながら、知らないふりを装う。最悪だ。寂しい、寂しいんだ。図星なのだ。俺は、寂しい。寂しいから、嫌いな夜にすがりたくなる。嘲笑いながらも甘く囁く夜を求めたくなる。

「わかってる、なら」

今だけでいいから。
甘い夜を、柔らかすぎる夢を、見せてくれよ。


(俺には朝は、やってこないのだから。)



101205 (Sun) 23:59

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