お話の少し前の独白 


夢を見た。自分が誰かに愛を囁く、いたってシンプルな夢だ。別に、愛してるだの好きだのそんな言葉だけをそれらしく言葉として発することなんて造作もない。簡単なことだ。ただ、今目を覚ましてこんなにも心地の悪い思いをしているのは、その言葉を発した僕が、僕ではないように感じたからだ。恐らく実体はなかったんだろう。僕の意識だけがひどく客観的に夢の中の自分を見ていた。気味が悪かった。その誰かに向かって発した声しか聞こえなかったにも関わらず、僕は寒気を感じるくらいぞっとしたのだ。自分の声で発せられるそれが、あまりにも自分自身のものとはかけ離れているような気がして。いや、声自体は僕のものなのだ。何が違うかと言われればそれこそ感覚的なものだけに頼ってしまっていることになる。だが、夢とはそんなものだろう。精神分析上、夢は己の心理を表しているとも言うが僕はあまり興味ない。そんな暗示めいたものよりも自分自身の知力行動力を信じているから。そんなものに左右されたりはしない。ただその有り得ないビジョンが浮かび上がったことがひどく心地悪かった。気味が悪かった。だって、僕が描くシナリオではあんな姿が浮かぶこともない。ましてや僕の考えに一度だって上がったことはないものだ。なぜそんなものが夢に出てきたのか。ここ最近で恋愛に関するものにでも触れただろうか。思い出せない。興味がなかったものだから。

じんわりと汗をかいていて気持ち悪い。







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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)