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暗闇の中にぽつりと光が見えた。照らされている、というよりはその一点だけが発光しているようだった。まるで引き寄せられるように僕の足はまっすぐとそこへ向かった。頼りなげになる足音は一瞬響いたと思えば闇に吸いこまれるように消える。それでも光に近づくにつれ、その音ははっきりとしたものになっていった。


ただの光しか見えなかったその空間に徐々にシルエットが浮かびあがる。すぐにナマエだと分かった。ただ、彼女はどうやらしゃがみこんでじっとしている。一体何を……。なんとなく神経を集中させてまた一歩一歩近づいていく。なんで、こんな、おかしな緊張をしているのか僕にもよく分からなかった。目の前にいるのはナマエだというのに。

そして、目があった。

彼女の肩から顔を上げたその小さな姿。思わず息を飲んだ。それは紛れもない自分の幼少の姿であった。そして、その瞬間鮮明に蘇った記憶がある。自分は、この空間を知っていた。遠い昔、確かに夢でここにいた。覚えている内容では、殺したうさぎを眺めて立ちつくす僕を痩せた青白い腕が抱きしめていた。それが誰の腕であるのかは分からなかった。夢の中での僕は後ろから抱き締められて振り向くことができなかったからだ。それでぷっつりと夢は途絶えた。今、こうして目にしている光景とはまるで違う。頭が混乱する。しかし、それに反して僕の足は止まらなかった。


「ナマエ」

彼女の名前を呼ぶと、明らかに強張っていた体の緊張が解けるのが分かった。しまいにはくすくすと笑いだしている。そんなナマエに思わず笑ってしまいそうになる。自分だってつい先ほどまで意味の分からない緊張に覆われていたというのに。それでも、こうして彼女が腕の中にいることにひどく安心したのも事実だった。


このまま、目を閉じて、眠ってしまいたくなる。ゆっくりと時間をかけて1つ瞬きをする。ナマエがたじろぐのが分かった。あぁ、もう、どうしたんだ。


彼女が抱きしめていた幼少頃の自分がすっと消えていっている。驚いたせいなのかナマエはじっと動かない。ふと、目があった。やはり、これはあの時の僕のようだ。自分で言うのもなんだが、生意気にも探るような視線を向けてくる。分かっている。お前は、

「大丈夫だ」

不安なんだな。


満足そうに笑って消える姿に、僕まで釣られて笑った。






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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)