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意識が戻ったとき、そこは完全な白の世界だった。もはや自分が目を開けているのか、もしくは正常な視力を保っているのかさえ分からないほどの、白。頭が痛くなりそうだった。


「……リン」

「!?」

「スリザリン」


スリザ……リン?

白の世界に響いた声は、ナマエの声にそっくりだった。


「我が主」

「え……」

気分のいい、ものではなかった。「我が君」、僕の元に集う連中でこう呼ぶ者がいる。その敬称に含まれているのは、服従、憧憬、畏怖……。とにかくナマエの声でそう呼ばれたくはなかった。それが本人のものかさえまだわからなくとも。

「誰だ」

何も無い白の世界に僕の声が響く。

「ナマエ」

……違う。確かに似ている。だが彼女の声はこれほど落ち着いていたか?そもそもここはどこなんだ。先程から声ばかり聞こえて世界は一向に白のままだ。もちろんナマエの姿もない。だめだ混乱してるんだ、少し落ち着け。だからこんなに思考がぐちゃぐちゃに……

「主にお別れを告げに来たの」

「……お、別れ?」

「えぇ。私がいてはナマエが苦しむから」

「それは、どういう……」

「あら、主にしては察しが悪いのね」


そう言ってくすくす笑う声の主。あぁ、やっぱりナマエとは全然違う、と頭の片隅でぼんやりと思った。

「ナマエに眠る、巳の意志です」

「巳の、……意志?」

「えぇ。バジリスク様の仲介のおかげでこうして主にお話できるんだと思うの」

「こんな、聞いたこともない……」

「巳族がはるか昔に滅びたせいでしょうね」

らしくもなく、先程から歯切れの悪い返事ばかりだ。ただそれとは対照的に脳内では事務的に情報が処理されていく。

この巳の意志と自称する存在が消えればいいということだ。全てそれでうまくいく。それで「お別れ」なんて言ったのか。


「僕はどうすればいい?」


率直に尋ねれば少し間を置いて声は静かに響いた。

「バジリスク様に、我々の力が死へ向かうものであればそれに相対するものは、生へ向かうものだと聞かなかったかしら?」

「あぁ、それなら…」


フウルさんに、そう答えようとしたがその前に世界が一気に暗転したため、言う間もなかった。白の世界は一気に黒へと変わる。

声はしない。今度は真逆の黒の世界に取り残された。あぁ、でもさっきよりずいぶん落ち着く。そう思ってしまう自分が嫌になった。あれほど断ち切ろうと思っても、生まれてからずっと背負ってきた闇は深い。それでも……。




遠くに、光が見えた。









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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)