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全ては必然だったのだ。

ナマエがリドルと出会っていなければ瞳の能力が現れることはなかったかもしれないが、いずれその能力は現れるに違いなかった。リドルは秘密の部屋を開けるつもりだったのだから。もしもリドルと出会わないまま秘密の部屋が開かれていたら、ナマエはどうなっていただろうか。知らぬうちに能力が高まり訳の分からないまま周りの人間が死んでいったとしたら。

闇を求めやしなかっただろうか。
自分の罪を圧倒的に包み込んでくれる闇を。

そうなるかは分からない。何しろこれはただの仮定だ。しかも過去における。ただ、もし今と少しでも状況が違えば真っ暗な闇の中に浸りながら堕ちていく結末だったかもしれない。そう思っただけなのだ。














契約の呪文が最後まで唱えられたのは確かに聞いた。その後は、どうしたんだっけ…?呪文に応じて反応が起こるわけでもなく、気がつけば辺りには闇が広がっていた。あの時、父さんの記憶を見た後に見た夢にやっぱり似ている。そう思い出して私は、一歩踏み出してみることにした。コツン、と頼りない音が響く。響くといっても最後にはまるで 吸い込まれていくように消えてしまった。

コツン、コツン、

床を、何かの上を歩いている感覚はない。でも確かに音がする。なんだか、変な感じ。

また一歩コツン、という音を鳴らすと同時に急に視界が明るくなった。目を細めるほどじゃない。だけど確かにそれは徐々に明るさを増して、ついには人影を捉えるほどになった。

誰、だろう……?

興味半分、怖さ半分、私は足を進めた。


少しずつはっきりしていくシルエット。それは確かに子どものもので、近づくにつれてその子の足元に何か転がっているのも見えた。髪が短いから男の子かな、そう思いながら足を進めると、足元の「何か」がはっきりと見えてくる。最初は白と赤のコントラストしか分からなかった。でも次第にそれはもともと真っ白なはずで、暖かかったはずだ、と気づく。足元にあったのは、血を浴びたうさぎだった。その事実に気づいた瞬間、ただ写真のようにしか写っていなかったその子が振り返った。


「え…………」


綺麗な黒髪。

整った顔立ち。

見間違うはずのない、

鮮血のような、瞳。


「リド、ル………?」



それは確実に、トム・リドルだった。






その小さなリドルは真っ直ぐに私を見つめた。まだ、繕うことを知らないその瞳はひどく真っ直ぐで強い。目が、逸らせない。

「………ひどい」

「え?」

「なんてことをするの?かわいそうに。残酷な子、悪魔の子。気持ち悪い。お前なんか早くどこかに行けばいいんだ」

「…ちょっと……何を……」

表情も声音も変えず、一気にまくし立てるのが変に威圧感を放つ。

「貴女も、そう言うんだろう?」

「思って、ない……よ」

なんでもっときっぱり言えなかったんだろう。こんな頼りない返答じゃ不安を煽るだけなのに。私の知るリドルよりも実直な瞳が見つめているからだろうか。張り詰めた空気に恐怖による緊張感はないのに、なんでか呼吸音さえもうるさく思うほど辺りは静まり返っていた。
少年は何も答えない。どれくらいの時間がたったのかはわからないけど、少しだけ余裕がでてきた。いつもは見上げる形になるのに、今では私が腰を屈めなければ目線が合わない。まだ小さな……。




優しく、壊れてしまわないように、小さなリドルを抱きしめた。こんなふうに、誰かを抱きしめたこと、なかったな。


「その子、どうしたの?」


抱擁を受け入れることもせず、ただ立っていただけの小さな体が萎縮する。視界の隅には鮮血が写った。


「殺した」

音。ただの音だった。空気を振動させるための。感情の篭らない、無機質な。なんてひどい、普通ならそう思ったかもしれない。でも私は、知ってる。リドルは偽るのが上手いことを。

「それは事実っていうか……結果、でしょう?」

「………」

「どうして殺してしまったの?」


当たり前の質問。子供が何か悪いことをしたら、理由を聞くのが当然。それなのに、リドルは「え……」と聞き取れないほどの小さな声で驚嘆を表した。その瞬間、


「全部お前のせいだ」



「リドルにいじめられたの!」


「悪魔の子!」


「気持ち悪い!」



さっきリドルが言ったようなことが頭の中で反響した。それも、強く。

あぁ……リドル、貴方、こんなことを言われてきたの?

リドルに直接聞かなくても分かる。理由も聞かれずに悪いと決め付けられて、弁解する余地も責めたてる口調が頭の中をガンガン駆け巡る。


「僕はただ、頭を……撫でてあげようと……」

「うん」

「そしたら、逃げたんだ」

「うん」

「どこかに行って欲しくなくて、行くな!って思ったら……」

魔力の暴走、なのかな。ただ相槌を打つだけだったけどいつの間にかリドルの小さな腕は私の背中に回されていて、隠すように顔は肩に埋められた。音もたてずに泣く子どもの姿はとても悲しかった。









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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)