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「ナマエはそこに立っていてくれ。何があっても決して動くな。この魔方陣は強力な魔法が目的の対象にしっかり届くように描かれている、言わばコンパスのようなものなんだ」

「分かった」

未だ腑に落ちない気持ちでいたけど、もう仕方がない。ここは集中しなければ。そう腹をくくって1つ息を吐いて、顔を上げると、

「リドル!?何して…」

ナイフを手に当てるリドルがいた。

「何ってこれくらい当然だろう?魔方陣を使うというのは契約を結ぶと同義だ。古代から血で契約するって決まっている」

「そ、そうなの?」

「授業で習ったはずなんだけど」

ここで一瞬だけ、いつもみたいな空気が流れた。と言ってもリドルが明らかに「こいつ、本当に馬鹿だな」なんて思いながらため息をついただけなんだけど。でも、やっぱりこれが普通だ。

早く、こんなの終わらないかなぁ…。



リドルが手の平を魔方陣につける。

「       」

なにか蛇語で囁いた。
それに呼応するようにパァッと魔方陣が一気に光り出す。その魔方陣に沿って柱状に光が伸びていって、気が付いた時にはあんな暗い部屋の影もなくあたりは光しか見えなくなった。眩し過ぎてなにか見てるのか、それても見えていないのかすらもよくわからない。あの、夢で見た真っ暗な空間を思い出した。もちろんあんなじっとりとした暗闇とは全然違うのに。

落ち着くと少し遠くにリドルがいる。距離的には、最初と変わっていないと思う。これからどうすればいいんだろう、と思って黙っていると後ろからコツ、コツ、と歩いてくる声が聞こえる。動くな、と言われていたから私は首だけで振り返る。そこには見間違うはずのない金色の光があった。


「バジリスク!?」

「久しぶり、というにはまだ早いかな?」


床があるのか分からないけどバジリスクは普通に歩いてこちらまでやってくる。

「フウルもよく考えたものだね。まさかしっかり部屋まで用意しているなんて」

「あの、バジリスク…あなた一体どうやってここまで…」

だってバジリスクはリドルの指示がない限り秘密の部屋から出られないわけだし、出られたとしてももし誰かに会ったら…

「心配ない。ここは思念だけで通じている場所だ」

「そうなの!?」

私が考えていることを察したのか、すかさずリドルが答えてくれた。そうか、思念か。ってことは私とリドルは実際はあの部屋に突っ立ったままってことね。

「バジリスク、契約の立会をしてくれ」

「分かっている」

すぐにバジリスクは私の左手に、リドルと同じくらい距離を取って立った。魔方陣は周りの光と溶けてしまっているけどバジリスクには分かるのかもしれない。(それくらい正確な位置取りでバジリスクは立っていた)

「では、さっそく契約を交わそうか」

リドルが承諾するように頷く。

「トム・リドル」

その声は、最初に私がバジリスクに呼ばれた時のように、頭に直接語りかけてくるみたいだった。

「君はその強大な魔力の一部を彼女、ナマエ・ミョウジへ送る。間違いはないな?」

「ああ「ちょ、ちょっと待って!」

今マジでリドルに睨まれた。心の底から何遮ってんだよって思ってたよ、リドル!

「あの、それってどういうこと?」

「そのままの意味だ」

「リドル、きちんと説明していなかったのか?」

「フウルさんと僕の意見が一致したんだ。説明すれば彼女が渋ると」

儀式の最中に渋られても一緒だろう、とバジリスクは盛大に溜息をついた。

「ナマエ、何もリドルが魔法を使えなくなるわけではないんだ。主席レベルの成績でいられなくなることもない。ただ支障があるとすれば、」

「さっき君に言っただろう。マグル抹殺だ」

「……でも」

「何も迷うことない。いいかい、僕がこのまま魔力を高めていったら必ず野望を実行しようとする。君からしたらただの虐殺かもしれないけどね」

「……」

「君が僕の魔力を受け入れるだけで、それを防ぐことができるんだ。これで円満解決だろう?」

「バジリスク、続きを…「なんかおかしい」

リドルは何が、と言いたそうに顔を顰める。そこには苛立ちも含まれているように見えた。きっとリドル自身は気づいていないだろうけど。

「そんな大変なこと、簡単に決められるの?」

「簡単に決めたわけじゃない」

「私になんの相談もなしに?」

「だから、君に言えば納得しないだろうと、」

「じゃあなんでそんな投げやりなわけ!?」

そう、そうなんだ。私のために、と言ってくれてるのはわかる。でもじゃあなんで、リドルにとって大切なことなのにどうでもいいような、投げやりな物言いなんだろう。納得できるわけない。こんなリドルを前にして。

「なにがいけないって言うんだ。君にとってはメリットしかないはずだ」

「だから、メリットとかデメリットの話じゃない!マグルを殺さないことを私にこじつけないで!」

馬鹿みたいに大声を出した。リドルの顔は見れない。どんな顔をしているのか想像もつかない。こんな、傷付けることを言うつもりなんてなかったのに。だけど本心でもあった。じゃあ私の目が他の方法で治るとしたら、リドルはやっぱり純血主義を貫くんだろうか。その気持ちがどうしても拭えなくて。思考がぐちゃぐちゃになって涙が出そうだった。しばらくしてリドルが大きく息をつくのが聞こえる。



「悪かった」

「・・・・・・」

「君の言う通りだ。全部ナマエのせいにしていた。まだ整理ができてないんだ。それは勘弁してくれ」

さっきとは打って変わって、穏やかな声。あんなに怖かったのに私は自然と顔をあげた。

「君の目を治すために自分の力を手放すんじゃない。君がまた笑ってくれるように使うんだ」

今まで見たことがないくらい綺麗に微笑むリドルがいた。

「僕を信じろ」

黙って頷いた。リドルはまた満足そうに笑った。







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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)