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普段感じることのない、なんと言えばいいのか、追い詰められたような、表現し難い緊迫感。リドル自身も自分が焦っていることがよく分かっていた。ただ、その焦りは、リドルが抱えるものを感づかれたことによるものではない。言ってしまえば、そんなことはダンブルドアにさえ少なからず気づかれているのだから。それよりもリドルは、無自覚のうちに自分とナマエの対照性を指摘されるのではないかと焦っていた、否恐れてさえいるのかもしれない。向き合うこの男は自ら闇を潰し光を求めた、とも言える。ナマエとてそうだ。光を求め、苦しんでいる。


(なら僕は………―――――)


嫌な緊迫感に包まれた沈黙を破ったのは、上の階から聞こえるドタバタと荒く駆け降りて来る足音。


「父さん!」

「目が覚めたんだね。調子は…おっと、」

勢いよくドアが開かれたと思うとそのままフウルの胸に飛び込むナマエ。いきなりのことに少し驚きの表情を見せるフウルだったがすぐにそれは愛しさの含んだものに変わる。リドルは黙ってその場を離れた。視界にリドルの姿を捉えながらもフウルは黙ってそれを見送っていた。

ナマエは、小さく身を震わせていたが、それを押し隠すように、父の体にしがみついた。


「…ずっと、見えてなかった、の?」

「悪かったね、一言も言わなくて」

「私の顔も、見えないの?」

「あぁ」

顔を上げず、恐る恐る尋ねるナマエに、フウルは率直に答える。それは確かに真っ直ぐに現実を突きつけるものだった。誤魔化しのない言葉は時に残酷だ。愛する人の顔を二度と見ることもできず、娘の顔を一度も見たことがないなんてどんな気持ちだろうか。それを娘に悟られないように微笑んできたフウルは、いままで何を思ってきたのか。それは本人にしか分からないだろう。だからこそナマエは静かに涙を流していた。フウルは穏やかに笑み、ゆっくりとナマエの頭を撫でた。

「これでも目が見えなくなって長いからね。たとえナマエの顔をこの目で見たことはなくても、分かるよ」

心の目ってやつかな、なんて急におどけ出すフウルは、やはりどこか掴めない独特の雰囲気を持っているが、その調子にナマエの空気も一気に緩み、止まることの涙とは裏腹に自然と笑みがこぼれた。






そして1人部屋を後にしたリドルはそのまま家を出て、黙々と通りを歩いていた。もちろん土地勘のないこの場で行く宛などない。リドルの頭の中を満たしているのはつい先ほどの親子の姿。確かに愛しさに溢れたあの空間。それに耐えきれずに自分は部屋を出たのだと、自覚しているからこそ胸にわだかまりが残っている。

だめだ…愛なんてくだらない、そう思い続けてきた体が拒否する。ナマエを助けてやりたい、そう思ったのも確かなのに。矛盾ばかりが生まれて頭がぐちゃぐちゃだ。気持ち悪い。それとも彼女を好きだと思った気持ちもただの同情なのだろうか。もう分からない。今まで自分の根底にあったものが全てひっくり返っているような感覚だ。

フウルさんは僕に何かさせたいはずだ。そもそも彼が娘にあんな、両目の視力を奪わせることをさせるとは思えない。根拠も何もないが、ただそう思えた。そして未だはっきりと耳に残る先ほどの問い

――――「それを捨てる覚悟はあるかい?」――――


僕にできることがあるとすれば……――――――







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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)