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ナマエを部屋に残しリビングへ戻るとソファに相変わらず穏やかに微笑むフウルがいた。ありがとう、と一言言ってリドルもいえ、と簡単に返して沈黙。何か聞きたいことがある。だけど何から聞いたらいいのかわからない。こんなに頭が混乱している自分に驚く。そしてやはりにこにこと笑みを崩さない目の前の人物を見てはっとする。

彼は目が、見えていない。

自意識過剰でもなく、事実として自分の洞察力が他より異常に鋭いことは自覚している。それでも気付けなかったのはフウルが一枚上手だったと言ってしまえばいいのかもしれないが、それだけではないこともわかっていた。彼女のことしか見えていなかったせいだ。完全に視野が狭まっていた。なんて浮かれた脳みそをしていたんだと自己嫌悪に陥る。

「見えて、いないんですよね?」

「魔法でなんとか生活はできてるけどね」

フウルは新しいカップに紅茶をゆっくりと注いだ。やはりその動作に不自然さは見られない。

「ところで、リドル。どうして私が今あの記憶を見せたか、その訳が分かるかい?」

にこやかにそう尋ねるフウルと、ただ彼を見つめる自分。なんだか変な感じだった。いつも「質問」なんてものは言われたその瞬間に「答え」が用意されていてただそれを淡々と答えるだけだった。君はどう思う?どんな考えを持つ?そんな質問も所謂勉強の問いかけと同じ。自分のイメージを崩さないような、それでいて的確に「意見」を述べる。その繰り返しだ。だけど今、その「答え」はない。促されるままにソファに腰かけ淹れたての紅茶に一口手をつけた。

「ナマエにとっては現状把握、僕には…――」


瞳の能力と共に失われた視力、

未だに抑制方法の知れないバジリスクの瞳、

バジリスクを秘密の部屋に放ったサラザール・スリザリン

まぎれもない今のバジリスクの主は、――――――――――この僕だ


「僕にできることが何か、あるんですね?」

それは質問ではなく確信だった。

リドルの答えにフウルは肯定するでも否定するでもなく、

「君の今考えていることは何かな?」

そう聞いた。

今考えていること、それは決して今まさにこの状況のことではなく少し前の、順調に”事”を進めていたあの時のことだ。穢れた血の排除、死の克服、世界に闇を――。

リドルは沈黙を続けた。
嫌な緊張感が走っていた。

「それを捨てる覚悟はあるかい?」





心臓の音がやけに大きい。








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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)