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つんざくようなナマエの悲鳴、嫌でも視界に映える鮮血、信じがたい光景に動かなくなる体。そして気づいた時には穏やかな静けさで満ちるリビングに戻っていた。そう認識するや否や崩れ落ちる肢体が視界に入る。

「ナマエ!」

「…………」


気絶、したみたいだ。無理もない。青ざめた顔は苦渋に歪んでいて険しい。ナマエの感覚が伝染したように思わず顔を顰めた。なんだか、最近こいつはこういう顔をしてばかりだ。


最初はただ単にナマエの瞳に興味を持っただけだったはずなのに。
どんなやつかとしばらく過ごしてみたけど、一緒にいればいるほどナマエはどこにでもいるような普通の少女だったし、本当にくだらない内容の話しかしない。お気楽な奴だと思った時もあったが、グリフィンドールの女子生徒が石になってからは少し変わった。変わらないでいることの方が難しいのだろうけど、それでもへらへらした顔が消えて、馬鹿みたいに腰を低くするような間抜けな態度もなくなって、それに違和感を覚えるようになった。


「リドル、悪いけどナマエを部屋に連れていってくれるかい?その様子じゃすぐには起きないようだから」


僕らが篩の中に入る前と変わらず、フウルさんは穏やかな笑みを浮かべたままそう告げた。違うとすればその笑みに自嘲じみたものが含まれているところだ。階段を上って1番奥、という彼の言葉に従いナマエを部屋に連れていく。ゆっくりとベッドに降ろし、顔にかかった髪をどけてやる。

そこで急に我に返った。……僕は一体何をしているんだ?


頭に過ぎったのは単純な疑問だった。秘密の部屋も開けた。これから確実に、着実にマグル殲滅を、僕の理想とする世界を築いていこうとしていたのに。そうだ、その目的のために利用できるのでは、と思ってナマエの瞳に興味を持ったんだ。じゃあなぜその瞳の効力を恐れる彼女の力になろうとこうしてここにいるんだ。いいじゃないか。効力が強まれば強まるほど、ナマエは普通には暮らせない。そこで僕がうまく"こちら側"へ引き込めばいいんだ。時が過ぎるのを待つだけでバジリスク同様の力が手に入る。頭では分かっているはずなのに。

どうして僕は……

珍しく頭がぐちゃぐちゃだった。それでも客観的に捉える自分が頭の片隅にいて、混乱しているんだと自身を励ましているようだった。それからまた意識を失ってしまったナマエを見る。いつの間にか零れ落ちていた涙を見て僕は思わず笑ってしまった。あぁ、本当に似合っていないよ。こんなシリアスな雰囲気は。平平凡凡のお気楽主義。そんな様が似合っているよ。そんな君が好きなんだ。

馬鹿だと思った。散々彼女を罵倒してきたけれど、本当の馬鹿は自分だ。

「好きだ」

縋るように、額に口づけられた唇が震えていたのを彼女にバレることがなくて本当によかった。






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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)