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私もリドルも黙って父さんを見つめる。以前リドルが言っていたけど巳族に関する情報はほとんどなく、例え書物に記載されていても伝説やお伽話程度なのだそうだ。頼みの綱といえるバジリスクは私の父さんに会いに行けの一点張り。私はもちろん、リドルも早く話を、知識を得たいに違いない。


「と言っても長々と喋るのは疲れるからね!ちょっと待ってなさい」


…………えぇ、父さん空気読んで。めちゃくちゃ話す気満々、みたいな雰囲気かもしだしていたくせに。じとっと父さんを見ればいつもと変わらずにこりと微笑んで部屋を出ていってしまった。高まった緊張感が一気に薄れてしまう。

「君、フウルさんに似てないね」

「よく言われる」

「似てたらスリザリンだっただろうに」

「お生憎様」


やっぱり巳族である私がスリザリンの方が都合がいい、のかな。リドルにとっては。でも組分け帽子、スリザリンのスの字も言わなかったんだけど。


「待たせたね」


案外すぐに父さんが戻ってきた。握られた杖の先には桶のようなものが浮いている。ふわふわと杖の誘導に従ってはいるものの重厚な造りで間違っても足の上に落としてはいけない類のものだ。浮遊呪文が解かれると思ったとおり、ゴトンという鈍い音を立てた。その覗き込むと白濁色の液体がぐるぐると揺らいでいてなんだか気持ち悪い。これがなんなのかもわからず眺めている私とは対照的に、リドルがぐいっと身を乗り出して父さんに尋ねた。

「フウルさん、どこでこれを?」

「ちょっと校長室からね」

そう言ってウインクする我が父。もうウインクとかきついってその歳で。じゃなくて!校長室から何!?借りたんだよね、もしくは譲り受けたんだよね!

「ナマエ、どうでもいいことは後にしなさい」

「(どうでもいいこと…)それ、何?」

「これは"憂いの篩"。簡単に説明するとこれで記憶を見ることができる」


そう言いながら父さんは一本の小瓶から液体を注ぎ込んだ。


「さぁ、二人とも篩に顔を近づけて」


言われた通りにすると、なんだろうこの感じ。一瞬感覚を奪われるような、引きずり込まれるような、頭がぼんやりしたそんな感覚の中で遠く父さんの声が聞こえた。


「君たちが見るのは私の記憶だ」



父さんの………記憶。









気づいた頃には私たちはホグワーツにいた。

「あれ、なんで私たちホグワーツに…」

「記憶だ。さっき言われただろ。これはフウルさんの記憶。恐らく彼が学生の頃のものだ」

「へぇー……リドル!誰か来た!隠れ…うぐっ!」

「向こうからこちらのことは見えないはずだ」

「だからって襟引っ張らないでよ!」

あぁ、ごめんと生返事を返してリドルはこちらを見向きもしない。なんでだ。さっきから明らかに態度が素っ気ない。 お得意の厭味一つ出てこないなんて逆に気持ち悪いんですけど!もし実は機嫌が悪くてリドルの逆鱗に触れたら大変だから口に出しはしないけど。


「ナマエ」


名前を呼ばれて顔を上げてもリドルの視線は一向に前を向いたまま。しょうがないからリドルの視線を辿ってみれば一人の少年がいた。さらに、聞こえて来る……違う、頭に響く声。


−−−こっちだ−−−


「バジリスク…」

目の前にいる少年はまだあどけなさを残しているが確かに私の父親で、響く声は今と変わらないバジリスクのもので。

「父さんは最初からバジリスクの声が聞こえてたんだ」

私は違った。バジリスクと会って初めてその声を聞くようになった。今のバジリスクの声は多分、父さんを導いている。秘密の部屋への入口、3Fの女子トイレに。
あたりをきょろきょろと眺めながらも決して恐れる様子はない。まるでなにかに魅かれるようにその声に従っているように見える。それは私にも覚えがある感覚。想像でしかないけれどこの時の父さんは私が感じたものと同じ感覚を味わっていたと思う。

そんなことを考えている傍ら、リドルが息を飲んだ。追う視線の先はかわらない。今も父さんは3階女子トイレに導かれている。気になってリドルへ視線を向けると、確かめるようにぽつりと呟く声。

「フウルさんの瞳も能力を持っていた……?」

リドルの声にハッと我に返る。つい、やっぱり頭の回転速度が違うな、なんて場違いなことを考えたりもしたが急いで頭を元に戻す。

「追い掛けよう!」

すぐに先を行く父さんを追い掛けようと踏み出した瞬間視界が揺らぐ。立ちくらみかと思ったら急に場面が変わっていた。

「うわ、なんか酔いそう」

「ナマエ」

また、静かに名前を呼ばれる。だからなんなんだやたらと落ち着いたその雰囲気は。思っただけでリドルが答えてくれるはずもない。




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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)