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ガタンゴトン、

ホグワーツ特急が走る音と時に響く汽笛だけが聞こえてくる。リドルはどこ吹く風で読書に勤しんでいるがナマエもそれと同じであるとは限らない。


「…………」


たまにリドルの様子を伺っては見るものの声が掛けられない。普段でさえリドルの邪魔なんてした日にはしつこいほどの小言を言われてみたり杖を握られてみたり。さらにそこにこの気まずさを合わせたら声をかける、なんてレベルが高過ぎる。
ナマエは小さく溜め息をついた。


ちゃんと言わなくちゃ、リドルには。あの日、アイリスが石になってしまったのは私のせいだと。私の不注意のせいだと。きっと何も言わなくとも察してくれているんだろう。でも、だからと言ってそんな優しさに甘えているわけにはいかない。それでも思い出すだけであっという間に涙腺が緩みそうで、心の中で気合いを入れ直す。この瞳を呪って嘆いて、そんなんで涙が溢れるんじゃない。自分の不甲斐なさに腹が立って、自己嫌悪に陥って、どうしようもなくなる。

ひとつ大きく息を吸った。

「…リド、ル…」


リドルが顔を上げる。いつもと同じ、特に感情を示さない瞳にやけに安心した。今は哀れみも蔑みも何も聞きたくない。


「あの、アイリスが石になったのは私のせい、なんだ」

「あぁ、それは分かって「聞いてっ!」

知っている、理解している、そう告げようとしたリドルを遮る。ちゃんと、自分の口から伝えなくちゃいけないと思ったから。自分の口から言うことで事実を受け止めたかった。

「あの日、気分が落ち着かなくて部屋にいたんだけど、どうしても瞳のことが気になって、ピアスを……外して、」

「そこに偶然彼女が来た…?」

こくん、と1つ頷く。

「急に部屋に入ってきたからびっくりして振り返ったら…」

最後はごにょごによと言葉を濁すナマエ。このとき、リドルはようやく腑に落ちないところが解消されたのと同時に、ノックもせずに部屋に入る相手にも問題があるではないか、と思ったがそれは言わないでおいた。とにもかくにもナマエの瞳の能力はまだ想定内の速度であることが分かった。最悪、一時的とはいえ、ピアスの効力を凌ぐ程に力が増しているのかと思ったのだ。そうではなかっただけでもリドルの心中は穏やかになった。

「もしかしたら、殺して、たかもしれない……」






ナマエの声が震える。僕は顔を上げた。ナマエはただ俯いていてその表情は分からない。ただ膝の上に置かれた拳が痛そうに握られていた。


やめろ。見たくない。思わず眉間に皺が寄っていたかもしれない。あの瞳はどこへ行った?彼女の真っ直ぐな漆黒の瞳は。殺していたかもしれない、だなんて。ナマエがするもしないも、いずれにせよ僕がやっていた。やろうとしていた。たまたまナマエが早かっただけだ。でもどうだ?彼女の瞳が、バジリスクの瞳が誰かを殺めたと知ったときナマエは――――、


「顔を上げろ」

「リドル?」


急に口調の強くなったリドルにナマエはゆっくりと顔を上げる。


「いつまでそうやってうじうじしているつもりだ。過去は過去だ。現に死者は1人も出ていない。そもそもその瞳をなんとかするためにこうして君も僕も君の父親の所へ向かっているんだろう?もう少し前向きな考え方はできないのかい?それともその短絡的な思考回路では難しいのかな?メソメソメソメソ、鬱陶しいにもほどがある。だいたい、」


「ちょっと…」

「普段、女性らしさの欠片もない君ががこんなにもしおらしくなるなんて、さすがに僕も予想しなかったよ。そうだな、普段の君のがさつさと足して2で割ったらちょうどいいんじゃないかい?それに」

「ちょ、リドル!人が真剣に話してるのにその言い種は何?あんたにとってはどうでもいいことでも私にとっては重要だったのっ!人がこれだけ落ち込んでるっていうのに配慮の欠片もないわけ?」


突然リドルの声を遮ったのは負けじと続くナマエのマシンガン。頬にはうっすらと涙の伝う後が見えなくもない。それでもその瞬間リドルは笑んだ。

「配慮?君に与える配慮があるなら梟に与えた方がよっぽど利口さ。それでもこうしてこの僕が気遣ってやってるっていうのに…」

「ちょっと待ってリドル」

「なんだ、さっきから人の言葉遮って」

「最後のとこもう一回言って」

「最後って…僕が気遣………っ!」


ナマエが意図する意味に気付いたのかリドルは口を開けたまま声を発しない。心の中で舌打ちしたことだろう。

「配慮と気遣いって同義語ですよね?」

「うるさい。一生メソメソしてろ」



(心配してくれてありがとう)






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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)