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寮にはいない。図書館、は違うだろう。湖、食堂、禁じられた森、空き教室、――どこにいるのか見当もつかない。他に生徒が石になっている様子がないから、闇雲に動き回ってはいないはずなんだか。……僕はこんなにもナマエのことを知らなかったのか。あんなに側にいたのに。いや、それも表面上なら仕方ない、か。ナマエがいそうな場所、と言って僕にはもうあの部屋しか思い付かない。

「ねぇ、この部屋名前つけとこうよー。"あの"部屋、とか"この"部屋とかじゃ分かりづらいし」

「別に必要ない」

「いや、リドルにとっての必要性とか聞いてるんじゃないからね」

「はぁ、…勝手に名前でもなんでも付ければいいだろ。僕がその名前を使うかは分からないけど」

「"りどるくんのおへや"」

「死にたい?」

「冗談です。すいません」




あぁ、本当に馬鹿げてる。あんな阿呆が巳族だなんて。生徒を1人石にしただなんて。まるで笑劇だ。「引っ掛かったー!」とげらげら笑ながらナマエが出てくる方がよっぽど自然だ。


いつの間にか走り出していた足を止め、ドアノブに手をかけた。


「………ナマエ?」


相変わらず無造作に積み上げられた菓子。ナマエが勝手に持ち込んだ毛布とクッション。読みかけの僕の本。その中にナマエはいた。


「ナマエ、大丈夫か?」

反応は、ない。


「彼女は、アイリスなら大丈夫だそうだ。ダンブルドアが治ると………」

肩に手をかけ、動かないナマエと無理に視線を合わせた。

「ナマエ、」

「リ、…ド……ル」





壊れる。





壊れてしまう。






漆黒と金が怪しく混ざる瞳には何も映さなかった。







だめだだめだだめだだめだだめだ、そんなこと許さない。


ナマエはただ何も考えずにいつもの阿呆面で僕の側にいればいいんだ。


このままでは、




「君の父親に会いに行こう」






なぜ咄嗟にその答えにたどり着いたかなんて、知らない






それからのリドルの動きは素早かった。ナマエは元々の体調不良であるところに生徒が石になるというショック、という理由をでっち上げて医務室に連れて行った。本当なら誰にも干渉されないようにしておきたいところだが夜も無断で寮に戻らないとなれば誰かしら不思議に思うだろう。(それか最悪、怪しまれる)
そして一刻も早くホグワーツが休暇に入る必要があった。時間を自由に操ることなどはできないし、ナマエをこのままにはしておくわけにもいかない。だからといってこのままただ休暇を待つだけのことはリドルにはできなかった。





「バジリスク、出来るだけ多くの生徒を石化しろ」






バジリスクはくすり、と笑う。明らかにナマエと接するときの雰囲気も態度も違う。それは気付いていた。ただ、リドルにとってはこの幾分挑戦的とさえ思える態度の方が好意を持てた。だから何も詮索も咎めることもしない。


「案外お優しいものだな。スリザリンの継承者君」

「ナマエの身を1番に気にかけていたのはお前のはずだ」

「あぁ、確かに。ただ、」

バジリスクは元々鋭い目をより鋭く細める。しかし不思議とそこに威圧感はなかった。


「嬉しかったんだよ」


君が他人のことを考えている、ということがね。それも利益的な問題抜きに。



そんなことを声に出せばリドルがむきになって否定するのは目に見えているため言いはしないが。それとも否定すらしないだろうか、今のリドルは。


なぁ、サラザールよ。君の後継者も随分ひねくれた感情表現をするものだよ。




「わかった。協力しよう」



リドルの表情が少しゆるんだ。












それから数日、次々と生徒が石化したという情報が飛び交った。教師陣も原因が全く分からず、ホグワーツ全体が言い様のない不安と恐怖に包まれていた。



「皆に残念な知らせがある」


その一声に、リドルは思わず上がりそうになった口角を隠すように手で覆った。


そう切り出した校長の話は、簡単にまとめれば予定より早くイースター休暇に入る、ただそれだけだった。他に何かと言えばここ3日と経たないうちに両手で数え切れないほどの生徒が石になったという報告であったがそんなことはリドルにとってはどうでもいい。(何しろ彼が直接バジリスクに命令しているのだから)校長の話も終わり、さぁあとはホグワーツ特急に乗り込むだけ。いつもと違う形で迎える休暇に戸惑いを感じさせるざわめきが大広間に溢れていた。喧騒に紛れていち早く大広間を後にしても誰も気に止めない。リドルは自然と進める足を速めた。






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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)