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とりあえずイースター休暇になるまであくまでも平静を装わねばならない。そうは言っても考えることこそあるがリドルが取り乱すことはない。あれからそう変わらないように過ごしてきたつもりだった。少しナマエと過ごす時間が増えたくらい。やはり彼女の瞳が気になるからそれは仕方がない。それでも少なくとも周囲からは何一つ変わらないいつものリドルのように見えた。


ただ1人を除いては。


「リドル」

サラ・トレイン―――、容姿端麗、成績優秀、とここまではまるでリドルの女版かとも思われるほど。ただ違うのはその少し強引な性格もそうだが、グリフィンドールらしいともいえようその思慮深さだ。

「やぁ、何かようかい?」

「惚けないでちょうだい」

普段とは違う高圧的ともとれる態度にリドルも幾分神経を研ぐ。今日の授業はもうない。他の生徒はまだ冷える廊下から逃げるように寮へと入ったのだろう。辺りはやけに静かだ。リドルはまだ笑みを崩さない。

「惚けているつもりはないけど。僕が何かしたかな?」

刺激しないように。それでいて率直に。そう心がけたつもりだがどうやら失敗だったらしい。サラの眉間にはより濃く皺が刻まれる。

「ナマエの様子が変なの」

ぽつり、呟くように口を開くサラ。眉間の皺こそ取れないがさっきまでの勢いが急に萎んでしまっている。

「気付かれないようにしてるみたいだけど、すごい無理してる。最近じゃ私と目を合わそうとしないわ。いつも通りお喋りしてるのに」

無意識か、故意的にか、いずれにせよナマエにはそれが限界なのかもしれない。いくら巳族だなんだと言ってもまだまだ普通の少女だ。それが急に自分が誰かを、それも親しい人を殺してしまうかもしれないなんて思ったら、当然だ。リドルは黙って話を聞く。そのまま受け流そうと思ったのだ。きっとナマエだってあまり彼女には知られたくないだろう。


「トム・リドル、あなたのせいね?」

「僕が彼女に何かしたとでも?」

「それはわからないわ。ただ、貴方本当にナマエを好きじゃないでしょう?少なくともナマエが貴方を好きなようには見えないわ」

恐らく#namw1#は気付いていないだろう。このサラ・トレインという少女は普段見せないだけでずっと深くを見詰めていることを。僕自身も彼女がすんなり僕とナマエが付き合うということを受け入れた時には拍子抜けしたほどだ。彼女にも彼女なりの考えがあるのだろうが僕にはまるで理解できない。

「君には関係ないだろう?それから、憶測で人の気持ちを言うのは良くないと思うよ。少し失礼じゃないかい?」

「でもそうでしょう?」

なかなかサラは引き下がらない。
どうしたって自分はこんなにむきになってるんだ、とリドルはどうにもならない苛立ちを感じる。好きだよ、と一言言ってしまえばよかったのに。


「僕は… 「サラ、大変なの!アイリスが、」


かけてくるグリフィンドール生。あぁ、助かったと思ったのも束の間。恐れていたことが起こった。


「アイリスが寮で石になったの!」






リドルはグリフィンドール寮へと走った。





有難いことに混乱のせいかグリフィンドール寮への扉は空きっぱなしになっていた。恐らく先生やらが出入りするのに不便だと思われたのだろう。リドルがグリフィンドール寮へ入っても誰も気付かない。それほどその場は混乱していた。女子生徒の泣き声が聞こえる。恐怖によるどよめきが広がる。そんなもの無視してリドルは女子寮へと階段を駆け上った。


ナマエは、いない。ほんの僅かだがリドルから安堵のため息が盛れた。しかし、それも束の間。目に飛び込んできたのは大きな石像のような………違う。人だ。初めて目の当たりにするその姿。確かアイリス、と言っていたか。彼女は眼鏡も何もしていない。それでも石になるだけで済んだのは不幸中の幸いだ。だけどそんな事情を知るものはいない。リドルとナマエ、そしてバジリスクを除いては。

「トム。まだ監督生の集合はかけていないよ」

「はい、先生。ですが場が混乱しています。グリフィンドールはこの通りですしスリザリンや他の寮にも話が流れてきています」

「そうじゃったか。ならば、皆寮で静かに待機するように指示を出してくれるかの。他の監督生にもそう伝えておくれ」

「はい。あの、先生……彼女は……」

「可哀想に。じゃが元に戻らないわけじゃない。大丈夫じゃよ」

「そうですか」

では失礼します、そう言い残して踵を返す。グリフィンドールの監督生にダンブルドアの言葉を伝え、それを他の監督生にも伝えるように告げて。


「トム。まだ監督生の集合はかけていないよ」



怪しまれた。我ながら不自然ではあった。けれど、それさえも今はどうでもいい。

ナマエを探さなくては、









ダンブルドアの言い付け通りの指示を出したあと、僕はすぐに秘密の部屋へ向かった。本来なら、こう何度も訪れるのは避けたいところだか、やむを得ない。


「ナマエは来なかったか?」

「騒がしいな。何かあったかい?」

「女子生徒が石になった」

バジリスクが一瞬息を飲む。穏やかな雰囲気は崩れ細い目が一層細くなった。

「いや、来ていない」

「……そう、か。1番にお前にすがるかと思ったのに、」

「もうピアスの効果が切れたっていうのか?」

「分からない。でもそうだとしたら被害が拡大しているはずだが、まだその様子は見られない」

「リド「ナマエを探してくる」


不安な表情を浮かべるバジリスクを余所に、リドルは無理矢理話を打ち切って女子トイレを後にした。

どこだ、

どこにいるんだ、

ナマエ―――





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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)