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「到着っ!」

「いちいち大声出すな馬鹿」

リドルは問答無用でナマエの頭を殴る。こっちは寒いのを我慢してうんたらかんたらと続けるリドルは無視することにした。久しぶりに足を踏み入れた3F女子トイレ。誰が作ったんだか知らないがよりにも寄ってなんで女子トイレなんかに作ったんだか、と思わずにはいられない。。リドルもリドルで飄々と女子トイレに入って行くし。

「それで?なんだって急にバジリスクに会いたいだなんて言い出したんだい?」

「え、別になんとなく?…………あ、すいません嘘です嘘です」

リドルに私のハイレベルなジョークは通じないらしい。(バジリスクの餌にするよ)(……!)

「声が聞こえたからさ。行った方がいいのかと思って」

「…………声、か」

彼女には聞こえて僕には聞こえない声。仮にもパーセルタングである、スリザリンの血の継承者である僕でさえ聞こえないというのに。そもそも人間同士でさえできないというのに。それとも蛇には出来るとでも言うのだろうか。

「……ル、リドル!」

「え?」

「大丈夫?すっごい考えこんでたけど。流石に長いから声かけてみました」

「…いや、なんでもない」

とにかく考えるのは後だ。バジリスクがなぜナマエを呼んだのかも気になる。そう思い直しすぐにパーセルタングで唱える。ガシャガシャと音を立てて秘密の部屋への道が開かれた。その瞬間リドルの思考を霞めた1つの疑問。

「ナマエ、お前パーセルタングが分からないのか?」

そうでなければいちいち僕に同行してもらう必要などない。
彼女は声が聞こえると言ったがそれは彼女の思考に直接語りかけているものだからこそ僕には聞こえないのだ。そうなるとやはり、

「パー……?何そ、」

リドルの疑問が確信へと変わろうとした瞬間現れる巨体。(シリアスな空気をぶち壊すほどにナマエはびびって奇声を発した)(絶対スタンバってたよバジリスク)






バジリスクはじっと私を見つめた。バジリスクが何も言ってこないので私も黙っていることにした。(そもそもいつも干渉してくるの向こうからだからよく分からない)(念じればいいのかな?)あぁ、それにしても、いつ見ても綺麗な瞳だ。底の見えない、吸い込まれるような金。気付いたときにはその金色だけ残して大蛇はいなくなっていた。代わりに私の目の前にいるのは、


「やぁ、ナマエ」


そう言って上品に微笑む青年がいた。


美しい金色の双眼。それは何1つ変わらない。今の今まで逸らすことなく見つめていたのだから。そう、見つめていた。逸らさずに。ええと……、あれ?


「はじめまし、て…?」

「君、それおかしいよ」

リドルから辛辣なツッコミが飛んできた。目の前の青年は相変わらず穏やかに笑っている。

「まさかバジリスクにこんな能力があったとは、」

なんで早く言わなかった、などとさも当たり前のように青年と会話を始めるリドル。その言い様からはこの青年がさっきまでいた大蛇だと言っているように聞こえる。

「り、リドル。これは一体……。えっと、どちら様?」

「ナマエ、お前目の前で見ていた癖に」

「構わないよ、リドル」

そうして口を開いた青年。金色の青年に切れ長の瞳。真っ直ぐに伸びた髪は綺麗な銀色で、(でも日に当たったら緑がかってそうだ)分かってる。ただお世辞にも回転の早いと言えない私の頭は状況についていけていない。


「私はバジリスク。こんにちは、巳族の血をひくお嬢さん」

「え、あ……ナマエ・ミョウジです」


なんだろう。なんとも言えない、緊張感と言えばいいのだろうか。心地の良い威圧感。初めてバジリスクに会ったときと同じ。

「……ミョウジ、か」

「……………」

ナマエには届かない声でバジリスクが呟く。ナマエには届かないがリドルには届いていたらしい。一瞬ナマエのファミリーネームを懐かしむように呟くバジリスクを見逃さなかった。(今はその時じゃない、な)


「私を呼んだのはあなた?」

「あぁ、そうだ。君に忠告をしようと思ってね」

「忠告……?」

カツ、カツとブーツの音が響く。私のすぐ側まで来たバジリスクはゆっくりと腕を伸ばす。

「もう、大分進んでしまっている」

哀れみのこもったその声と共にピアスが、クリスマスにリドルからもらったピアスが、外された。


「…え…」

視界がぐらつく。

何、これ。気持ち悪い、目が熱い。なんで、どうして。痛い痛い痛い、

「………!」

リドルが息を呑むのが分かった。
目の痛みは引かない。

「リドル?」

「ナマエ」

わけがわからないままバジリスクに腕を引かれて、向き合った先は、 鏡。


「…………っ!」

視界はまだぼやけている。目も痛い。それでも、見間違ってはいない。


私の瞳は、以前の黒ではない。


まだその名残を残した確かな金色の瞳がそこにあった。




(目の前の金色にひどくよく似ていた)







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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)