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「ナマエ」

ホグズミードに出来た新しいアイスクリーム屋の記事に目を通しながらベットに横になっていたところ、駆け足でサラがやってきた。何事だとむくりと上半身だけ起こすとサラはにっこりと笑って言った。

「外でリドルが待ってるわ!」

「………っ!」

おおお、くそう。あの野郎。廊下でばったり会って捕まることのないように、と今日は1日寮に隠っていようと思っていたのに。奴は二枚も三枚も上手でした。
しかし先週に引き続き私の有意義な時間を潰させるわけにはいかない!

「寝てるって言って」

「誰が寝てるって?」

私は再びベットに沈めた体を勢いよく起こした。場にそぐわない声が聞こえたからだ。まず、ここはグリフィンドール寮内である。次に、ここは女子寮である。また、聞こえたのはさっき聞こえたサラよりうんと低い。もっと言えば私が今最も聞きたくない声である。

「……リ、リドル…」

「やぁ、体調は良さそうだね」

今一瞬にして青ざめたのに気付いてほしい...。

「まぁ、リドル。ここは女子寮よ?」

「あぁ、でも親切なグリフィンドールの子がナマエが朝から寝てるみたいだから具合が悪いのかもしれないって言って女子寮に通してくれてね」

誰だそのお節介野郎。

「ナマエ、ちょっと付き合ってくれないか?外の空気を吸った方がいいし」

にこりと笑うリドル。もちろんその微笑みに私が逆らえるはずもなく。私はしぶしぶ重い体を起こした。













「またここですか」

「何か文句でもある?」

「いえ、何も」

私が連れて来られたのは言わずと知れた女子トイレ。前は夜中だったりと人気のない時間帯だったからいいものの、こんな白昼堂々女子トイレに入る男子もどうなんだ。そんなことを気にする様子もなくリドルは再び何か唱え大きな穴が開いている。

「行くよ」

「は?」

またバジリスクに会いに来たのかな、ぐらいにしか思っていなかった。が、そうではなかったらしい。声が掛けられたかと思うと私は後ろから突き落とされていた。












「ぎゃぁぁぁぁぁ――ッ!」


落ちる落ちる落ちる――――。自然の摂理に逆らうことなく私の体はまっ逆さまに先の見えない穴を落ちていく。その速さの速いこと!いっそのこと気絶でもした方が恐怖心と戦わずに済むんじゃ、とか考えられるくらい落ちてる。そうこうしている間に明らかに到着点が見え始めた。つまり体が叩きつけられるのも時間の問題。この野郎、生きて帰れたらリドルの顔にわさび塗りたくってやる!

「……って、あれ?」

衝撃を覚悟して目をつむったはいいがなかなかそれは訪れることはなく、それどころかさっきまでのスピードさえも感じない。恐る恐る目を開けるとちょうど床から2mほどの高さの所で私の体はふわふわと浮いていた。

「なんだい、その間抜けな顔は?」

「いや、だって…叩きつけられるかと…」

「わざわざこんなところに落として君を殺すほど僕は暇じゃない。殺すなら死の呪文で…」


聞かなかったことにしよう、うん。

「ぎゃっ!」

話を聞いていなかったのがばれたのか元々そうする気だったのか、私は2mほどある位置で突然魔法を解かれ落っこちた。(もちろんリドルはもっと低い位置で魔法を解いてふわりと床に降りていた)
わさび作戦の計画を練らねば。

いたたた、と腰を押さえているとリドルが私に一本近づいた。

「本当は、」

口を開いたリドルの口調がなんだか重苦しい。見下ろす視線はやけに冷たい気がした。あっという間に雰囲気が変わってしまった。リドルがいつも以上に怖い。"死の呪文"と言っていたのがやけにリアルに思い出される。

「この神聖なスリザリンの部屋に君のようなグリフィンドールを入れたくなかった」

まっすぐに私の目を捉えるリドルの瞳が気のせいか赤く見える。目はそらさない。なんでかは分からないけどここで逸らせばリドルに屈服してしまうような気がする。闇に、呑まれてしまうような、そんな気がする。

「でも詳しく君のことを調べなくちゃならないし、昼間にいつまでも女子トイレにいるわけにもいかない。」

何が、言いたいんだろう。真意が掴めなくて思わず眉を潜めた。それに気付いたのかリドルは一瞬目を細める。

「君をここで殺す理由はいくつもあるってことさ」

「そのジョークは笑えないな」

「ジョークだと思うのか?」


まさか。
でもここで怯んではいけない。握った拳には汗が滲んでいる。どれくらいの時間が経ったのか(私にはとてもとても長く感じた)、徐にリドルが視線を外した。


「まあ、それも君の能力しだいだけど」


いつの間にか口調も取り巻く雰囲気も元に戻っていた。本気で言っていたのかそれとも私がびびってるのを楽しんでいたのか、今となってはよく分からないけどとりあえずこいつと一緒にいては命がいくつあっても足りない。


しばらくして私はようやく肩に籠りすぎた力を抜くことができた。





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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)