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「ごめん。ちょっと静かにしてくれるかな。君たちに頼みたいことがあるんだ」

にっこりと笑うリドルの背後にわずかだがブリザードが走ったような気がした。それを感じとったのかは分からないが屋敷しもべ妖精たちは一瞬にして静かになる。

「彼女の勉強に付き合っていたら昼食を取り損ねてしまってね。(はぁ!?)(…)(痛い!足踏むな!)よかったら何か簡単なものでも作ってもらえないかな?」

謙虚に言ってはいるがそんなことを言われて屋敷しもべ妖精が従わないはずもなく。

「簡単になんてとんでもございません!」

「今、フルコースをお作りいたします!」

だなんて声があちこちから聞こえてくる。どこまでも緻密なやつめ。本来、ただ昼食をくれとだけ言えばいいのにわざわざ適当な理由をつけるあたり何事にも抜かりがない。

「ありがとう。それじゃ、料理は彼女に預けてくれるかな。僕はちょっと行くところがあるから」

なんだ、リドル。今日そんなに忙しかったんだ。なんて考えた私は、まだリドルをよく理解してしなかったようだ。踵を返して厨房を出ようとするリドルとすれ違った瞬間、"スリザリンの寮で待ってるから"と耳打ちされた。(否、命令された)屋敷しもべ妖精は屋敷しもべ妖精で、リドルが言ったことに忠実に私に料理を渡してくる。最初は魔法で運ぼうと思っていたけど……杖を忘れた。朝からベッドの横に置きっぱなしだ。朝はまだゆったりした1日を過ごそうと思っていたものだから。屋敷しもべ妖精が運ぶのを手伝おうかと聞いてきたが、さすがに廊下を僕妖精を連れて歩くわけには行かないので断った。
今、少しそれを後悔している。厨房からスリザリンの寮までですでに腕がぷるぷるし出していた。しかも尚悪いことに…

「合言葉わかんないし…」

ポツリと呟かれた言葉は誰に届くでもなく人気のない廊下に響いた。










自分はそうか弱い人間だと思ってはいないが、限度っていうものがある。そして今まさにそれが越えられようとしていた。

う、腕が………!

今私を支えているのはうまい昼食にありつきたい、という気力だけ。あぁ、やつに出会いさえしなければ今頃おやつでもつまんでいるのに!ましてや、今の状況を見れば魔法で運べばいいのに、と誰だって思うだろう。しかし残念ながら杖は寮に忘れた。なんて可哀想な私!そもそも朝食とりに大広間に行っただけだし。闇払いとかじゃあるまいし、常に杖なんか携帯するか!邪魔だし。(それを言ったら先生に魔女失格だと言われた)だから泣く泣く大量の料理を抱えて運んでいるわけで…。
あぁ、もうダメだ。ごめん屋敷しもべ妖精。
頭の中でそう呟くのと同時に不安定に揺れていた料理が滑り落ちる――――。

「全く、君に任せた僕が馬鹿だったよ」

とっさに閉じた目を開けると落としてぐしゃぐしゃになっているはずの料理は、ふわふわと浮いていて目の前には呆れた顔のリドルが立っていた。

「なんで魔法を使わなかったんだい?それとも君は浮遊の魔法も使えたいほど愚かの奴だったのか?」

「そんなわけあるか。寮に置いてきたの」

「……馬鹿?」

「朝から突然あんたに振り回されたんだから仕方ないでしょ」

「常に杖を携帯するのが当然だと思うけどね」

「レイチェル先生にも同じこと言われた」

「へぇ、意外だな。奴にまともことを考えるのも能力があるなんて」

「……ハァ」

こいつには何を言っても無駄だ。(ちなみにレイチェル先生というのは理屈ばかり捏ねる先生で物事を自分のいいようにしか解釈しない)言うだけ言ったのだろう。先程まで私の周りに浮いていた料理はリドルによって次々とスリザリンの寮へと吸い込まれていく。

「ほら、いつまで突っ立ている気なんだ?」

「いや、でも私、一応グリフィンドールだし…」

「大丈夫。僕が許可する」

何様だてめぇ!とも思ったけど監督生あーんど主席様でした。(とことん自分が哀れになってきた)

「それに僕たちは恋人じゃないか。一緒にいるのが当然だろう?」

にっこりと、女子生徒の誰もが倒れそうな笑顔を向けられる。私にとってはその笑顔が脅しにしか見えないのが残念だ。納得はいかないがこちらもこちらで空腹が限界にしている。大人しくスリザリン寮に足を踏み入れた。




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もちろんレイチェル先生は捏造です。





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Things base and vile, holding no quantity,
Love can transpose to form and dignity.
Love looks not with the eyes but with the mind,
And therefore is wing'd Cupid painted blind.
(A Midsummer Night's Dream / William Shakespeare)