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それから雪が積もってしまったために例の公園には行かなくなった。誰もいない夜の公園で少し冷気を肌に感じながらする自主練が好きで、というか練習と言えるほど激しいこともしていない、ただボールに触っているのが好きであそこに足を運んでいただけだ。だから、部活のあともう少し練習したい時も、雪が降ってしまっては仕方がないので鍵を預かって体育館に残る。敦が、室ちんよくやるね〜などと声を掛けて出て行く。ボールをつく音が反響する体育館はなんとなく心細い気持ちにもなった。







雪が積もってしまって私は去年買ったレインブーツを取り出した。凄まじい雪が降ったためにロングブーツまでもぐしょぐしょにしてダメにしてしまったショックから購入したのだ。デザインもなかなか可愛いし、こうも雪が降ってはレインブーツを履いているのも全然おかしくない。足元が快適になってしまうと雪も悪くないかな、なんて今日も日中降り続いたせいでふわふわになっている地面を踏みつけて帰路につく。雪が降ってからというもの氷室くんには会っていない。夜の公園は外灯の光を雪が反射しているせいでなんとなく幻想的に見える。昼間は小学生たちが遊んでいたのかもしれない。雪だるまがそこら中にあるし隅にはかまくらのような山もある。はーっとわざと長く息を吐いてもわもわと現れる白い息を見て今日も寒いなぁなんて思っていたり。










クリスマスは怒涛のバイト三昧だった。恋人と過ごしたいだの言う人が多くて特に予定もない私に白羽の矢が立った。友達と集まる案も出ていたのだが店長が今にも泣きそうな勢いだったので受けてしまった。あーあ、こたつに入って皆でケーキ食べたかったなぁ。でも、その代わり期限切れのケーキだけじゃなくて何か好きなもの持っていっていいよって店長が言ってくれた。きっと店長はお菓子類だと思ってるんだろうけど1番高いお酒でも持って帰ってやろうか、なんて意地の悪いことを考えながらバイトを終えたわけです。そんなわけでクリスマスもむなしく終え、すでに年末モードです。クリスマスずっとバイトだったから年末年始はお休みをくれた。他の人は年始の挨拶周りが面倒でわざとバイトを入れる人もいるんだとか。日本の伝統行事が廃れていくなぁと思いながら私も年賀状を書くのを大学入学とともにやめてしまったので、うん、そう社会人になったらちゃんとやろうと思う。ちなみに今日は今年最後のバイトで、後はもう部屋の片づけを終えれば私もぬくぬくと新年を迎えられる!明日は掃除しよう、と意気込むのはいいんだけど、現在生憎の雨。しかも土砂降り。めずらしく暖かいと思ったのに雲が出てきてしまって雪ではなく久しぶりの雨だ。雪が解けてぐしょぐしょして不快…!まぁ、いつものようにレインブーツは履いているんだけど。早く帰ろうと足を進めつつ、ついあの公園の差しかかると中を見てしまう癖がついていた。まだ雪が積もっているから氷室くんはいるわけがない、というかこの雨の中人がいたら驚きだ。と、思った矢先。私の目には信じられないものが。

「ひ、むろ…くん!?」

バシャバシャと水を跳ねさせながら慌てて公園に入って行く。だって、そこには、氷室くんが傘も差さずに立っていたのだから。いつものようにボールを持って動き回るでもなく、ただじっとゴールリングを見つめていた。

「どうしたの!?こんなに雨がひどいのに!風邪引いちゃうよ!」

「………」

「氷室くん?」

出来る限り私の傘の中に氷室くんが入れるようにするんだけど、身長差もあるし彼自身が全く入る気がないようでそれはうまくいかない。ザー、という雨音ばかりで私の声が届いていないみたいだ。

「苗字さんに、一目会いたくて」

「え、え…?」

「バスケ、負けてしまったから」

あ…、と声が漏れてしまった。彼がいつも手にしているのはバスケットボール。いつもいつも真剣にリングに向かって美しいシュートを放つ。話を聞けば部活の後だと言うから驚いてしまった。それで、負けてしまったのだ。きっと、大切な試合だったんだろう。私はバスケは全然知らないから何を言ったらいいのかわからないけど。氷室くんの顔があまりにも悲痛に歪んでいるから。頬を伝う滴は、さっきまで当たっていた雨なのか、それとも涙なのかわからない。

「ねぇ、氷室くん。とにかくこのままじゃ風邪をひいちゃうよ。戻らなくちゃ」

出来る限り、優しく声を掛けてみたつもりだけど氷室くんは弱々しく首を横に振ってしまった。陽泉高校の場所は知ってるから寮も近くにあるだろうし、送っていくことはできる。でも氷室くんは、こんな状態で寮に戻りたくはないんだろう、な。

グイ、と彼の腕を無理矢理引っ張ってどうにか歩みを進める。もちろん全然動いてくれなかったんだけど、氷室くん!と少し口調を強めると予想外にも簡単についてきてくれた。私が手を引いている形だから傘には入りきらないし、もう持ってても面倒だから私も傘を閉じて歩き始める。

「苗字さ…」

「いいから、おいで」

ぐいぐいと腕を引いて向かう先が高校とは逆方向だということに気付いたのか、私の後からついてくる歩調が少し早くなった。







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