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P.M 10:38
そろそろ切り上げよう、とベンチに置いていたカバンを手に取る。帰り道でスポーツドリンクを買おうかどうしようか考えながら公園を出ようとしたときだ。

「あ!氷室くーん!」

「苗字、さん?」

辺りが暗いせいでよく見えないがこの声は苗字さんだろう。に、してはいつもよりだいぶテンションが高い気がするんだけど。お店、混まなかったのかな。(忙しいときはすごくしかめっ面している)

「お疲れ様です」

「んー、今日はバイトじゃないんだよー。飲み会帰り」

あぁ、なるほど。それでアルコールが入ってるのか。どうりでいつもと雰囲気が違うわけだ。典型的な酔っ払いのイメージが先行していたからか、苗字さんはだいぶ落ち着いているように見える。

「こんな時間に、酔っぱらって一人歩きなんて危ないじゃないですか。誰か送ってくれる人いなかったんですか?」

「む、うるさいなぁ。女子会だったんですー!この辺の子いないから一人になっちゃったの!」

「はぁ…」

うん、前言撤回だ。面倒くさい。呂律も回っているし意識もちゃんとあるようだけど、確かにこれは酔ってる。なんだか性質が悪いな。

「氷室くんはもう練習終わり?」

「あぁ、はい。一応もう10時過ぎてるんで」

「うわ、ほんとだ!もう11時じゃん!良い子はお帰り!」

「…苗字さんも気をつけて帰ってくださ…って!」

ふらり。

唐突に苗字さんが視界から消える。と思えばそのまま俺に倒れ掛かってきた。

「うわ、ごめんね。なんか眠くて」

「……送ります」

なんでだ。普通に喋ってるのに。おかしな様子はないのに。突然眠くなるって…。とにかくこんな状態の苗字さんを一人で帰らせては頭からコンクリートに突っ込みかねない。なんとなく、苗字さんを送って行くとは言いづらい気がしていたけどこの際仕方がない。酔っているせいか苗字さんもとくに何も言わないし。そしてなんだかんだ俺の腕を掴んだままで時折ぎゅっとひっぱてるのを見ると、この人やっぱりふらふら歩いてたんだな、と分かる。

「結構飲んだんですか?」

「ううん。私そんな強くないから」

「そうでしょうね」

「氷室くんはお酒強そうだねー」

「そんなに飲んだことないですから」

「あ!でも飲んだんだ!いけないんだー」

「アメリカだとそれも付き合いですよ」

「アメリカ?」

きょとんとする苗字さんを見て、そういえばこんなことも彼女には言っていなかったな、と今更気付く。ほんとうに一握りのことしか知らないし、教えていないんだな、と。

「俺、帰国子女なんですよ」

「え!すごい!かっこいい!なんか英語喋って!」

「なんかって……Don’t drink too much.」

「すごい!かっこいい!」

「(なんて言ったか分かってないな…)」

そのままくだらない話をして、「あ、アパートここ!」という苗字さんの声で足を止める。確かに公園からは少し距離がある。こんな道を深夜に女性一人で歩くのはやっぱりあまりよくないと思う。

「じゃあ苗字さん、おやすみなさい」

「うん!おやすみ!ありがとう」

すぐに踵を返す。見ちゃいけない、となんとなく思うから。あまり他人に部屋まで知られるのは素面の彼女は好まないだろうから。なんて理由をつけてるようで、嫌がらなかったら俺は彼女が部屋に入るのを見届けていたのか。なんか、ストーカーみたいじゃないか…。

あ、明日提出の古典のプリントやってなかった。







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