03
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カツ、カツ、と最近では聞きなれたヒール音が近づいてきた。ドリブルしていても人通りの少ないこの辺りではその音はとてもよく響く。その音が耳に入ると、さっきまでピンと伸ばされた糸のように集中していた神経が一気に途切れてしまう。手持無沙汰にボールをゴールへ放って、それが綺麗にゴールリングをくぐって地面に叩きつけられる。バウンドしたボールを手に収めて振り返ればちょうど彼女と目があった。一礼だけして、彼女が手を振り返して終わり。たったそれだけの間柄だ。今日もそれと同じかと思いきや、俺が頭を下げると彼女は驚いたように目を見開いていた。そしてカツカツ、とヒール音を響かせてこっちへやってきた。またこうして話すのはおでんを頂いたとき以来だ。

「ちょ、氷室くん…!」

「え、どうかしましたか?」

「どうかって…寒くないの?」

そう聞かれて改めて自分の格好を確認して、彼女を見る。俺は別に平気だけど彼女からしたら「寒い」格好なのかもしれない。Tシャツ1枚でいる俺に対して彼女はすでに薄手のコートにマフラーまで巻いている。寒がり、なのかな。

「平気ですよ。ずっと動いてましたし」

「いやいやいや、でももうさすがに冷えるでしょ!気温下がってきたよ!」

大丈夫、そう言う前に苗字さんは自分の首にあったマフラーをといて俺に差し出した。

「これ、使って」

「いや、でも」

「私、マフラーたくさんあるから。そのうち返してくれればいいし」

ね?と念を押されてしまっては断るわけにもいかない。たしかに、このまま寮に帰るまでに少し寒いかもしれない。せっかくだからお言葉に甘えてマフラーを手にとった。

「この時期に半そでTシャツはないよ、氷室くん」

「苗字さんこそ、ちょっと防寒しすぎじゃないですか?」

「寒がりなものでね」

あぁ、やっぱり。なんて少し嬉しくなった。

「まだ練習するの?」

「いえ、そろそろ帰ります」

「そっか。家、どっち?」

「俺、寮なんですよ」

「あぁ、そうなの。秋田の人じゃないんだ」

「はい。寮は苗字さんとは反対方向ですけど」

「じゃぁ、一緒には帰れないね」

「送りましょうか?」

他愛のない話、とも言えないような会話。そこで思わず口をついてしまったが、そういえば初めて会ったときもそう申し出て断られていたんだった。初対面ではないにせよ、親しい関係とも言えない今の状況ではまた余計なことを言ってしまったに違いない。

「いやいや、いいよ。一応氷室くんも高校生なんだし早く帰りなよ。寮なら親御さんには怒られないみたいだけどさ」

さ、帰ろう、と先に歩き出した苗字さんの背中を少しだけ見つめる。そうだ、彼女は大学生で、俺は高校生なんだ。子どもっぽいとは言わないけれど特別大人っぽいとも思えないその人は、それでもやっぱり差があって、なんだか変な感じがした。もし俺が苗字さんと同じ大学生だったとしたら、さっきの申し出も快く受け入れてもらえたんだろうか。





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