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バスケ少年(というには背丈が少年レベルではないけど)に出会ってから数日、バイト帰りに何度か彼を見かけた。相変わらず熱心に練習しているようで、彼の手から放たれるシュートは私の素人目でみてもわかるほど綺麗で鮮やかだった。見かけた、とは言ってもただ一度話したくらいでこちらからわざわざ話しかけることも、向こうが私に声をかけることもなかった。ただどうやらブーツのヒールの音で私が来たことが分かってしまうようで律儀にもこちらを振り返ってぺこり、と軽く頭を下げてくれるのだ。なんとなくうれしくなって私もヒラヒラと小さく手を振る、こんなことが何回かあった。もちろん私の上り時間はいつも21時近くなるわけでもないし、たとえそんな時間になったとして彼がその時間にいつもいる、というわけではなかった。「たまに」というには物足りないし「よく」というには少し薄っぺらい関係である。私としてはバイト終わりにイケメンくんに会えたりするわけだから目の保養になっているのでありがたいっちゃありがたかったりする。

そんなある日。最近コンビニでおでんを売り始めていて、サービス期間らしく普段よりずっと安くなっていたのだ。明日の朝ごはんにパンでも買っておこうと思って立ち寄ったけれど誘惑に負けて大量に買い込んでしまった。店員のお兄ちゃんの顔が若干引きつっていたのを見逃さなかった。うきうきしながらアパートへ向かいつつ、でもこれはさすがに買いすぎたかもしれないとあまり揺らさないようにしている左手に視線を向ける。

そしてふと、またあの公園の前に来ていた。カツ、カツ、と鳴るヒールの音が我ながらよく響いている。彼はいつものように、こちらを振り返って頭を下げた。いつもならこのまま通り過ぎてしまうが、今日はなんとなくその公園に足を踏み入れた。

「こんばんは、今日もバイトですか?」

「うん、その帰りにおでん買ってきたんだ。食べない?」

そう、若干買いすぎたと思っていたしいつも頑張っている少年にお裾分け。

「え、いいんですか?」

彼は美形でひどく大人っぽいけど、今みたいにきょとんとした感じは幼くてかわいいな、なんて印象を受けた。買いすぎちゃったから一緒に食べよう、と言って近くのベンチに腰を下ろせば、後を追ってありがとうございます、と返ってきた。

「結構買ったんですね」

「つい調子に乗っちゃった。あ、はんぺんは私のね」

「頂けるならなんでもいいですよ」

ふふ、と笑う彼はひどく上品だ。でも笑って垂れる目じりがやっぱり幼い。猫舌なのでさきにどうぞ、とパックごと彼に渡した。

「俺、氷室辰也っていいます。名前、聞いてもいいですか?」

「あ、そうだね。そういえば名前も知らないんだったね。苗字名前です」

「苗字さんは、大学生ですか?」

「うん。で、夜は飲食店のバイトしてるよ。そういう氷室くんはバスケ部なの?」

「はい、結構強いんですよ」

「私バスケってよくわかんないけど、シュート綺麗だもんね」

「見てたんですか」

「結構会うしね」

「ただ通り過ぎてるだけかと思いました」

「見てましたよー」

おでんを食べながらそんな他愛のない会話を繰り返していた。多いと思ったおでんも2人で食べればあっという間に空になってしまった。まだ彼は少し練習して帰るようで、じゃあねと声をかけて公園を後にした。





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