09
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無理矢理引っ張って氷室くんをアパートに連れてきた。そしてそのまま有無を言わさずお風呂場に突っ込む。温まるまで出てこないでね!と釘をさしてその場を離れると、しばらくしてから諦めたようで、シャワーの音が聞こえてきた。さて、戻ってきたら温かいココアでも入れよう。あ、でも甘いもの大丈夫かな。てゆうか着替えがないよ!あんなおっきい子に見合う服なんて持ってないよ!ココアよりもとにかく着替えをどうにかしなくちゃとクローゼットを漁ってみるものの、上は少し前に勢い余って買ったサッカーのユニフォーム(めっちゃでかい)があったのでこれを着てもらおう。で、問題は下だ。てゆうかその下着とかどうすんだ、困った。安易に連れてきたけどこれはコンビニに行った方がいいのかな。いや、もうしょうがない。知らん振りしよう。なんとか下着は濡れずに済んでいてくれ。で、下はたぶん緩めの短パンがギリギリだ。これでも小さいかもしれない。いかんせん私は女子の平均身長だ。もう少し大きかったらもともとでかめのをゆるく着るのが好きだからまだ良かったのかもしれないけれど。うむ、しょうがない。その着替えたちを持って再びお風呂場へ。

「氷室くん、あの着替えが全くサイズが合わないものしかなくてね。一応置いておくから着てみてね」

「…はい。ありがとうございます。」


さて、どうしようか。勢い余って連れてきてしまったけど。でもあのまま風邪をひかれても寝ざめが悪いというかそもそもいつからああしていたのだろう。今更遅いかもしれない。とにかく氷室くんがこれ以上体を冷やさないようかつてないほどに暖房の温度を上げた。下、短パンなわけだし。

「苗字さん、」

「あ、上がった?……うわ、大丈夫?」

「なんとか」

予想はしていたけど本当に無理矢理着ている感じがひどい。これは一刻も早く彼が着ていた服を乾かさなくては。上がってきた氷室くんに温かいココアと毛布をしこたま与えて暖房の前という特等席を指定してから私もシャワーを浴びに行った。普段ならまだしもこの土砂降りのおかげで公園からアパートまでの道のりの間になかなかびしょ濡れになってしまった。戻ってみると氷室くんはちゃんとココアを飲みほしていてなんとなく安心する。

「温まった?」

「はい。あの、すみません」

「いいんだよ。私が勝手にしたことなんだから」

そう言っても氷室くんは気まずげに黙ってしまった。雨足はまだ強いようでザーッという音がやけにうるさく聞こえる。

「せっかくだし、話聞くよ」

すとん、と彼の横に腰を降ろして表情を窺おうと思うけれど俯いていてそれは叶わなかった。

「私はバスケのこと全然わからないし、そういう人間に吐き出しちゃったりした方が案外すっきりするかもよ」

それにね、と気づかないうちに饒舌になっていた。

「吐き出すことをしないで、ずっといると、吐き出し方も忘れちゃうよ」

それから少しまた沈黙があったし、氷室くんは顔を上げてはくれなかったけど少しずつ話てきかせてくれた。バスケのこと、キセキの世代というとても敵わない人たちがいること、兄弟のこと、チームメイトのこと、ぽつりぽつりと本当に少しずつだから全部は分からないけど、氷室くんが少しでももやもやを口に出して、心の整理ができたら、とその一心で話を聞いていた。

「情けないんです。」

「うん」

「チームメイトも理解してくれてて、また次頑張ろうってそう言ってくれたのに」

「素敵な変化ね」

「俺だけ、こんな引きずってて」

「うん」

「前を、向いたはずなのに、こんな、嫌な気持ちばかり、思い出す…」

「うん」

「こんな自分が嫌で、」

「氷室くんは強い人だね」

ぽんぽん、とあやすように背中を叩く。私が何を言っているのかわからないようで氷室くんは、え…?とくぐもった声を出した。

「皆それぞれのペースがあるんだよ。今氷室くんは嫌な気持ちでもやもやしているけど、氷室くんが全然気にしないことで同じようにもやもやしてしまう人もいるよ。そんなものだよ」

「それなのに、それが悪いことだなんて責めないで。あまり自分に厳しすぎるといけないよ。たまには甘やかしてあげないと。氷室くんは誰に甘やかしてもらうの?」

「………苗字、さん」

「あはは、それは良くないなぁ。私みたいなやつにしか甘えられないなんて。」

そしてちょうどよく回していた洗濯機が終わったようなので腰をあげる。そうすると氷室くんが自分でやるというのでお任せした。氷室くんのものしかないから自分でやった方がいいと思うし。

「俺、帰ります」

「え?!」

見ると洗濯物は片付けられていて、干しにいったんじゃないのかよ!と思わずつっこみたくなってしまった。それにしてもこの子はほんと…。

「寮ってこんな深夜にも開いてるものなんだねぇ…」

「あ…」

そう時刻はすでに0時前。私のバイトが終わったのが22時半でそこから帰って来た時に氷室くんを連れてきてお互いシャワー浴びたりしていればこんなものだ。そう、今日は北区が遅くなったからそんな日に氷室くんを見つけてびっくりしたのもある。そしてそんな路頭に迷うことになる氷室くんを追いだすわけにもいかないので泊めてあげることにした。


(苗字さん、お人よしにも程があります。)
(そうだねぇ。今度何か奢ってね)
(もう少し警戒してくださいよ…)
(おやすみ)







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