そのままの君でいて



「名前?」

図書館に本を返すのを忘れていたため名前が来ていけれど、図書館に行って帰って来た。来ているといっても名前はだいたい僕のベットでごろごろしているだけだ。僕は僕で課題をしたり読書に勤しんだりしている。別に仲が悪い、とは思っていない。いわゆる恋人同士、といった甘ったるいようなことはそうしないけど、そんな関係が落ち着くのだ。彼女も似たようなことを満足そうに話していたことがあるので、僕たちはこれでいいのだと思ってる。だから今日もベットでごろごろと時間を潰している彼女を残して図書館に行って来たわけだが、

「名前?」

何度声をかけても起きないあたりどうやら熟睡してしまったらしい。時間はそう遅くもないけど、早いとも言えない。このまま寝かせておいては最悪朝までベットを占領されかねない。ちょうど課題も終わらせて一息つこうなんて考えていたものだから今から読書、なんて気分でもない。かと言って無理矢理叩き起こすのもなんだか気が引ける。仕方ない、と思わず溜息が出たのは聞かなかったことにして杖を一振り。あ、間違えた。無意識にティーセットを二つ出してしまった。いつも紅茶をせがんでくる彼女は今は夢の中だ。

久しぶりにアールグレイの紅茶をいれる。名前はミルクティー、それもミルクたっぷりの甘ったるいのが好きだからいつもそれをいれるのだ。夜にアールグレイってのも少しミスマッチな気がしないでもないけどたまにはいいだろう。他の部屋ではまだ騒いでいるようでその喧騒が少し遠くに聞こえる。ティーポットに残る紅茶を思いながらさて、彼女は起きるだろうかとふとベットに視線を送った。

「え、」

無防備に眠る彼女は、さきほどから微動だにせず、声も漏らすこともなく、ただうっすらと涙を流していた。なん、で………怖い夢でも見ているのだろうか。キャラじゃないな、なんて失礼なことを考えつつも僕はただそれを眺めているだけにはできない。

起こしにいこうっていうのになぜか足音を潜めて彼女に近寄りその肩を揺する。

「名前、名前、起きろ」

「……っ」

「名前」

少し強引に揺すれば、うっすらと瞼を上げた。そのせいでまたはらり、と涙の雫が落ちる。

「レ、ギュ……」

「怖い夢でも見たのか?泣いてる」

落ちた雫がつけた跡をそっとなぞってやるけど、まだよく分かっていないようできょとんとしている。分かってないというよりは、まだ寝惚けているのかもしれない。

「う、―ん……夢、は覚えてない」

「そう」

何度か瞬きを繰り返して、あーだとかうーだとか、少し声を出している。そんなに長い時間ではなかったけれど相当熟睡していたみたいだ。

「私、今、すごくピーターパン症候群」

「は?」

「んー…なんか、嫌だなぁって。何事も中途半端で夢ばっか見て、でも現実も見えてて、こっそり逃げてて、才能もないくせに努力もしないで。クズだなーって思ってた」

だから泣いちゃったのかも。そう言って笑うでも泣くでもなく眠そうに目を細めた。

「皆、そんなもんじゃないか」

即答だった。

「レギュラスは違うじゃん」

「そう見えるんだ?」

「うん」

「そういうことだよ」

「え?」

「他人には、いいように見えるってこと」

「レギュラスも自分クズだなーって思うときあるの?」

「山ほど」

「まじか」

「うん」

そっかー、と結局細めたまま閉じられた瞳を開けようとせず、会話も途切れてしまった。様子を見ていたら名前はどうやらまた眠りかけていた。

「名前、眠いなら寮に戻りな」

「ん」

「ほら、立って」

「んー」

無理矢理立たせて階段下まで連れていく。僕ができるのはここまでだ。女子寮には入れない。さすがに立ったまま寝たりはしないだろうが足元がおぼつかないので如何せん不安だ。

「おやすみ」

「…おや、すみ…」

ちゅっ、とリップ音を鳴らして額にキスしてやれば照れてるみたいで少しムスっとして挨拶を返してくれた。耳が赤くなってるからそんな顔してもバレバレなのに。

階段を上りきるところまで見送って僕も寮へと戻った。あ、きっとシーツがぐちゃぐちゃだ。