ある朝の


※都合のいいリッパーの設定があります。








「は?」

思わず声が漏れた。
目を覚ました瞬間見慣れぬ衣服が眼前に広がったのはもちろん、お布団に包まれている柔らかさではない、言うなれば、いやそんな遠回しな言い方はしないでおこう、抱きしめられている腕の感触がある。
一気に冷や汗が噴き出すのを感じたが、勢い余って飛び起きなかっただけよしとしよう。この目の前の誰だかわからん相手はまだ身動き1つしないし、少し冷静になりたい。目を閉じて、少し状況を整理しよう。ええと、昨日はたしか、

「起きたんですか?」
「ヒッ」

起きてたらしい。そしてこの、たった一言ですら、からかい、楽しんでいるのがわかる声音は、ナワーブ曰く、変態切り裂き紳士であるリッパーだとすぐにわかる。

「狸寝入りなんて寂しいじゃないですか」

ばれているのなら仕方がない。混乱のあまり未だまともに喋れそうにもないが、観念して目をあけ、視線を上げた。寝る時も仮面つけてんのかい、という冷静に脳内で突っ込みを始める自分は放っておくことにする。

「そんなに緊張して体を固くしなくてもいいんですよ。昨日はあんなにリラックスしていたのに」

未だ私を抱きしめる腕を緩めようとしないどころか、ぎゅっと少し腕に力をこめられた。優し気な口ぶりとは裏腹に絶対に逃がしはしない、ここで殺す、みたいな気概を感じるのは気のせいだろうか。いや待ってよく朝まで五体満足でいられたな、自分よ。人体バラバラ殺人事件になっててもおかしくない。

「………爪は?」
「最初の一言がそれですか。連れないですねぇ。外しましたよ。朝起きて貴方が血まみれになっていては荘園の主に怒られそうですからね」

取り外し可能なんかい。
いや、違う。まじで混乱が留まるところを知らない。爪なんてどうでもいい。この状況のことを1番に聞かなくちゃいけないのに。怖くて聞けない。なぜなら、私は下着しか身に着けていないからである。

「ひゃっ」

私が言いよどんでいるのを察しているのかはわからないけど、楽しんいるようにツツーっとリッパーの指が私の背中をなぞる。もちろん鳥肌は立ったし、びっくりして声も上げてしまった。ふふ、と笑うリッパーは実に愉快そうである。イライラしてきた。

「着替えるので後ろを向いていただけますか」
「昨日存分に見たのに?」

ゴーンと、頭にタライを食らった気分である。そんなバカな。過ちがあったとしてこんなに綺麗さっぱり覚えてないなんてことある?いや、でもちょっと思い出してきた。酒だ。デミさんの出してくれた酒を飲んでからおかしかった。普段なら先に気分が悪くなるのに、やけに気持ちよくて楽しくなってふわふわしていたのを思い出した。ぼんやりと思いだすだけで夜が更けるにつれて記憶が薄まっていっていることだけわかった。

「昨夜見たからといって、女性の着替えを見るのは不躾でしたね。紅茶でもいれてきます」

私が白目を向いて衝撃を受けているのを他所に、案外さっとリッパーは寝室を後にしてくれた。何はともわれ、ここから脱出するには衣服を身につけなければならない。動くのをやめようとする脳を叱咤し、なんとか衣服を探す。意外にも丁寧に畳まれてサイドテーブルに置かれていた。

着替えを済ませてさっさと自室に戻りたい気持ちはいっぱいだったが、真相をうやむやにしたまま、ゲームでリッパーと会ったら平常心でいられる自信がない。ここは腹をくくってしっかり話をしなければ、と気合を入れた。

「どうぞ。これしかなかったので、後できちんと食事をとったほうがいいですよ」

いい香りの紅茶とともにビスケットが添えられていた。とりあえず一口紅茶を飲むとその香りの良さと温かさにほっとしてしまう。和んでいる場合じゃない。

「あの、」
「はい」
「昨日のことなんですけど…」
「フフ、とってもかわいらしかったですよ」
「全然覚えてないので!何があったか教えてもらえますか!」

もう自棄だった。かわいらしいとか柄でもないことを言われ、自分がいったい何をしでかしたのか怖くて仕方がない。これまでの10倍くらいの勢いで声を出すことで恥ずかしさを誤魔化すしかなかった。

「覚えていないんですか。それはそれは…実に残念ですねぇ」
「リッパー、焦らさないで」
「必死なあなたを見てるとついからかいたくなるんですよ」
「……」

私が何を言っても面白いんだろう。黙って睨みつけることにした。

「はいはい、すみませんでした。昨日、適当に居合わせた者でお酒を飲んだことは覚えていますか?」
「うん。デミさんのお酒貰ってからすごい気持ちよくなったことは覚えてる」
「なるほど、やっぱりそれだったんですね」

意味深に頷くリッパーに心がせいでしまうが、話の続きを促すためにも黙って聞く。

「どうやらお酒の相性が良かったんでしょうね。完璧な『酔っ払い』っぷりでしたよ。迷惑な絡み方はしていなかったと思いますけど。そこらへんにいる人手当たり次第にべったりで」
「………嘘」
「男性にも抱きついて離れないので、さすがに女性陣が引き離していましたけどね」
「そ、そっか……はは……」
「羨ましかったので、最後私がもらってきました」
「………は?」

真相が告げられ、乾いた笑いしかでない。一刻も早く帰りたいと思っていたのにサバイバーの皆さまと顔を合わせづらいじゃないか、と思った矢先。爆弾発言である。

「もら…え…?」
「いつもつれないあなたがあんなかわいらしいのに、他の男に引っ付いてるのを黙って見ていられると思いますか?」
「え、何言って…」
「貴方の部屋に送るふりをして私の部屋に連れてきました」
「誘拐犯かよ」
「殺人鬼ですけどね」

いやそこ笑うところじゃないよ。何言ってんのこいつ。じとり、とまた嫌な汗をかいていることに気づく。愉快そうに話すリッパーが怖い。声音はどこまでも優しいのがまた。

「暑い暑いって服を脱ぎだしたので抱こうと思ったんですけど」
「怖すぎる」
「そのままあまりにも気持ちよさそうに眠ってしまったのと、忘れられたら嫌だと思ったのでやめました」
「そ、そっかぁ…」

もう椅子から腰はほぼ浮かせてある。視線だけでドアまでの直線距離を確認する。あとはリッパーの意識を少しでも逸らして駆け出すのみ。悟られてはいけないのでイメージのみで深呼吸した。

いち、にの、

「知ってましたか?爪を外していても振りかぶれば、霧、出るんですよ」

目の前を通過したのは嫌というほど痛めつけられてきた刃。経験則というか、条件反射というか、当たる前に駆け出した体にセーブを掛けてしまった。ゲーム上でなら、セーフ!と喜ぶところだったのに。仮面越しだというのに、にんまりとその口が弧を描くのが嫌というほどわかる。

「それでは、お預けをくらった分、楽しませていただきましょうか」

暗転BADEND