救い出された模範囚




もうどれほどミスを犯し続けたかわからない。ものの数秒でハンターに見つかり恐怖の一撃を受ける。最後の暗号機を上げるタイミングを読み違えて仲間を死地に追い込む。ゲートの解読中にハンターの奇襲にあう。解読恐怖をもらう。ひとつひとつ挙げていったら切りがない。頭ではわかっているのに特に今日は体が動かない。なら試合に出なければいいと思うのが当然なのに、どうしても諦め悪く、次こそは、次こそはとどんどんすり減る精神を無視して試合に出ていた。そんなことを知ってか知らずか、いや知るはずない。何試合も重ねたというのに今日彼に会うのは初めてなのだから。

「今日はいつにもまして雑な逃げっぷりでしたねぇ」

歌うように喋る殺人鬼は、すでに2人飛ばし、三人目の私のダウンを取り、すでに上機嫌だ。その油断で自分の首を締めることになるなんて、嫌ほど知っているはず。いや、彼は違うかもしれない。勝ち負けよりも、いかに楽しむかということに重点を置いていそう。

「早く吊れば」
「そうですねぇ、しかしその前にハッチを探してきます」

時間稼ぎにでもなればと思ったが、さすがにそこまで甘くはないらしい。リッパーは、ハッチを探す等と言いながら、四人目のサバイバーがダウンされるのが分かった。そして私の起死回生が終わる。くらくらする頭を抱えて、痛む体に鞭を打って、やみくもに走る。まだ心音はしない。けれど、結局残りの暗号機は残り二台。残念ながらどこの暗号機が進んでいるのか全く把握していない。四人目はすでに椅子に括られている。ハッチを探す?いや、その前にリッパーに見つかる。じゃあ助けにいく?何も持たない丸腰の救助なんて飛んで火に入る夏の虫だ。頭が働かない。どうしたらいいのかわからない。ただやみくもに足を動かしている。そして試合の終わりが近いことを示す心音。

「どこへ行くんです?ハッチはこちらではありませんよ」

あぁ、ほら、こんな愉快そうな歌うような、不愉快な、声。

嫌だな、そう思った瞬間体を霧の刃が貫いた。もはや後ろも見ていなかった。霧の刃が飛んでくることなんてわかりきっているのに。

「随分あっけないですね」

無様に地面に這いつくばる私を眺めて何が楽しいのか、リッパーはその鋭い爪を器用に私の顎に添える。

「ひどい顔をしていますよ。体調でも悪いんですか?」

こんな、気遣うような言葉の傍ら、四人目のサバイバーが飛んでいく叫び声が聞こえた。

仲間が飛んでいったのは私のせい。いくつもミスをして申し訳なさでいっぱいなのに、ましてや目の前のこのハンターは憎むべき対象だというのに。偽りの優しさにすら甘えてしまいそうになるほど、私は疲弊していたらしい。

「…うっ、ぐす......」

ぼろぼろと涙がこぼれて止まらない。リッパーが爪をどけてくれないせいで顔を隠すことすらできない。

「はぁ…興が冷めました。こんなあなたをこれ以上いたぶる趣味は、なくもないですが、たまにはいいでしょう」

そんなことを独り言ちたかと思えば、ようやく感じる浮遊感。いとも簡単に風船に括りつけられふわふわと宙に浮かんでいた。もうさすがに今日は試合は止めよう。さっさと熱めのシャワーを浴びて寝てしまおう。どうしてさっさとそうしなかったのか。リッパーにあんな恥ずかしいところまで見られて。ぐちゃぐちゃと考えていたが、一向に椅子に座らせられる気配がなく、周りに視線をやると目の前にある椅子もスルーしてどんどん歩き続けてしまうリッパー。いつの間にかあの悪魔のような鼻唄を奏でている。

「あの、吊らないの?」
「吊りませんよ」

予想外のきっぱりとした返事がくる。

「試合ばかりも飽きてしまいますからね。戦利品を片手に散歩というのもまたいいでしょう」
「戦利品って…」
「これがレディでなければ、とっくに試合を終わらせて紅茶の一杯でも飲んでいるところですよ」
「そ、そう...」

なら、さっさと私も吊ってしまえばいいのに、と思ってはっとした。

「あの、もしかして、慰めてくれてる?」
「さぁ、どうでしょうね。あなたがそう思いたいのならご自由に」

掴めない男だ。
それでも磨耗した心に、いつもは恐怖する鼻唄が心地よく感じるくらいには、気持ちが楽になったのがわかった。

「それならお姫様だっこにしてよ」
「急にふてぶてしい」

調子に乗った私を小バカにするように、ドサリと落とされた先にはハッチが。というかここはダウンさせられたところの近くじゃないか。こっちにハッチはないなんて嘯いていたくせに。…………………………マップ一周分もお散歩してくれてたのか。

また少し気持ちが軽くなる。

「ありがとう」
「次は私の霧の中で踊りましょうね」

ねっとりとした声音には、先程までの気まぐれな紳士はなりをひそめており、残虐なハンターにすっかり戻っているようだった。おまけというように左手を振りかぶり目前には霧の刃。

迷うことなくハッチに滑り込んだ。