ララバイララバイ夢は見れない
いつだったかのクリスマス休暇だった気がする。ひどく寒い廊下を覚えているから。とくにすることもなくて、いや厳密に言えばやることはたくさんあったはず。今も、その時も。それでもなにもやる気が起きなくてとぼとぼと廊下を歩いていた、気がする。よく覚えていない。なんとなく入った部屋にはびっしりと、それでも無造作に本が散らばっていて、勝手の違う図書館なのかと思うくらいだった。誰もいないはずなのに暖炉で暖められたみたいにほんわかとした空気が心地よくて、私は本に埋もれるようにして置いてあるソファに腰をかけた。そしてなんとなく傍にある本を手に取ったのだ。タイトルは覚えていない。主人公の名前がそのままタイトルになっていた気がするのにまるで思い出せない。ただそこにリドルが出ていたのだ。ラスボス。いやぁまじでゲス野郎だった。THE悪者って感じ。リドルが大人……?大人?いや、成長してって方があってるかな、そう、成長した後のお話。本当にこれからそうなる気がしてならないって思ったんだよね。まぁ正直リドルがラスボスだったってことと、リドルそのものだなって思ったことくらいしか覚えていないんだけど。
「ねぇねぇ、リドル。ホグワーツ卒業したらどうすつもり?」
「考え中」
「嘘だ」
「まあね」
話をする気はないんだろう。なにが面白いんだかわからない本を片手に視線をこちらに向けることはなく返事がくる。
「私はどうしようかなぁ。全然考えてないんだよね」
「呆れた。それでよく試験を受けられたな」
「うーん、先生たちも困ってみたい。将来をまるで考えてないからもういっそのこと得意教科だけ伸ばしてみたらってことになって受けた」
「道理で意味不明な科目選択だと思った」
「リドルはさー、先生とか向いてるんじゃない?」
チラリ、という視線送りではなかった。ギロリ、と睨まれたに近い。それまでひたすら文字を追い続けていた目がこちらを向く。おぉ、怖い。触らぬ神に祟りなし、好奇心は猫を殺すとはこういうことだ。リドルがラスボスになる前、たしか教師になろうとしたことを思い出したのだ。思い出したから聞いただけなんだけど、どうにもこれは聞いちゃいけないことだったみたい。
「お前にしては鋭いじゃないか」
「あ、やっぱり?リドル、教えるの上手いもんね。なんの先生がいいの?」
「なんだと思う?」
まさかの質問返し。これは、試されている。品定めするような、揶揄っているような感じ。
「どの科目もO取ってるんだからなんでもいいじゃん。リドルの好きな科目はなんなの?」
「秘密」
にやりと笑う表情に骨抜きにされた女子生徒を何人見たことか。今のはなかでもとびきりのキメ顔だ。本人に自覚があるかは知らないけれど。その顔に免じてこれ以上の詮索はやめることにしよう。命の危険も感じるし。
なぜ思い出したのか、定かではなかった。学生時代、ちやほやと周りに群がる女とは、少し変わった奴がいたことを思い出した。進路もなにも考えていなかったあいつが卒業後どうしたかすら知らない。本人がなにも考えていなかったのだから、私が考えたところでその答えなど出るわけもない。興味もないはずなのにふと思い出したのはなぜなのか。その原因の方が気になったくらいだ。そうして、急に思い出しただけの存在は自分の中で大きくなることもなくまた記憶の渦に飲み込まれ、いつしか消えていった。
「リドル、なの?」
殺したマグルたちの中から、捨てた名を呼ぶ声がした。
「あ、今は……ヴォルデ、モート……か………」
淡々としているようで、肺が機能していないのか、ひゅーひゅーとおかしな呼吸が聞こえる。
「ハリー・ポッターの、名前を………聞いてね、あの本やっぱり、現実………だったんだって、思ったんだ」
ヴォルデモートに話しかけているのか、自己満足の独白なのかはもはやわからない。
「あんたは、死ぬんだよ、リドル」
1度名を改めたというのに、それでもなお捨てた名前をたしかに呼ぶ。
「ゲス野郎には、ふさわしい………死に様だからね、覚悟しな」
死にかけているというのにその挑発的な物言いは決して負け犬のような、無様なものではなかった。
予言と、彼女と声が頭を反芻し、止めをさすべく杖を構える。
「かわいそうに」
「アバダケタブラ」
彼女の声とヴォルデモートが呪文を放つのは同時だった。
シン、と静まり返る場所で、柄にもなく泣きたくなったのは僅かにすがりつきたかった、美化した過去を失ったからだった。
君が僕のそばにいてくれたなら、なにかが変わっていたかもしれないというどうしようもないif
あなたの未来を垣間見た私だから、あなたは勘違いをしたのかもしれないというmight