黒猫が笑った


もう半年前に始めたロードワーク。神無月くんのようにしっかりしたものじゃない。ただなんとなく体調がよくないというか、なにかのきっかけですぐ体を壊してしまいそうな、そんなもやもやした毎日を送っていた。それを睦月くんに相談というか、他愛のない話をしていたつもりだったのだけれど、彼はばかみたいに真剣に体を動かしてみてはと提案してくれたのだ。早起きも苦手だし走るのだって好きじゃない。そう思っていたのに、なにがそうさせたのか私は目覚ましをいつもより1時間ほど早くセットしていつ使ったかわからないような運動靴を引っ張りだしていた。それが半年前のこと。王様の言葉には逆らえないように出来てるのかしら、と頭の中で独りごちる。ちょっと面白くなって口元までにやけていたかもしれない。


そんな、すっかり日課となったロードワークの途中。小雨が降ってきてしまった。夏なら火照った体にちょうどいい、なんて言えたかもしれないけれど、11月初旬。それも早朝となればそれなりに冷え込んでしまっている。慌てて帰ろうとコースを変更した。


いつも通らない道。けど、きっとアパートまでの近道。そこには、かのアドバイスをくれた睦月くんがいた。こんな早朝に何をしてるんだろう。タクシーから降りたところだった。もしかしてお仕事だったんだろうか。こんな時間まで!?そんなことを考えて彼からだいぶ距離はあったけど、思わず立ち止まってぼけーっと眺めていた。いつ見ても凛々しくかっこいい。


「苗字?」


ふと、睦月くんと目が合う。距離があるにしたってこんな早朝に人がいれば嫌でも目に付く。でも、彼から私は見えないと思っていた。大きなステージ上から観客席が見えないように。


「傘くらいさせよな」


返事もせず立ち尽くしてる私に歩み寄り、睦月くんは傘を差し出してくれた。近い。昔は知り合いと言えるくらいだった。元々私と弥生くんが知り合いでそこの繋がり。けどまぁ、そんなあってないような関係では彼は私のことなんて覚えていないと思っていた。

「ちゃんと続けてるんだな」

あぁ、あんな些細なやりとりを覚えていてくれてる。この人はアイドルとしてはもちろん、1人の人間としてどうしてあんなにも人を惹き付けるのか改めて体感する。

「王様の、仰せのままに」

ちゃかしてそう言えば、経った年月なんて感じない、変わらない苦笑を浮かべていた。