彼の、聞き慣れた声、わたしを呼ぶ声


「名前」

「先輩、もしくはさん、でしょうが」

「名前さん、そんなことにこだわるのは貴女くらいですよ」

「生憎私はバスケットボールプレイヤーではないからね。あんたがどれだけすごくても選手は平等に扱うし年下は年下だから」

洛山高校で3年間マネージャーを務めている。それももうすぐ終わるけど。大会を目前にして練習はこいつ赤司のせいで極限にまで厳しいものになっている。そんなわけで練習が終われば即帰宅して飯食って寝るという健全と言ってもいいのかというくらい健全な男子高校生でのできあがり。少なくとも大会前のバスケ部員はたぶん皆そうなってる。それにも関わらず主将である赤司はマネージャーの片付けが終わるまで何をしていたのか、部室のデスクに腰掛けて何か書類をいじくっていた。なんてタフなやつだ。

「あ、赤司。スタメン勢は問題ないけど、レギュラーの中でも疲労がたまって故障に繋がりそうな子が何人かいるから少しメニュー緩めた方がいいんじゃない」

「あぁ、明日は流しで終わりにする予定ですよ」

「それ事前に言ってあげれば皆もう少し気持ちに余裕ができるのに」

「緊張感は大事ですからね」

全く、誰もがみんなお前みたいに心臓に毛が生えているわけじゃないんだぞと言ってやりたかったけど、私もさっさと更衣室に行って着替えて帰ろう。そう思って部室を後にする。赤司はいったいいつになったら帰るのやら。


着替え終えてから一応部室を見に行く。赤司が最後ならあいつが鍵を閉めて帰っているはずだけど万が一開けっぱなしで帰って怒られるのはたまったものではない。もう薄暗い廊下を歩くのはいい気分ではないのでなんとなく小走り気味。体が重くて私も疲れているんだなぁ、とひしひしと感じた。

「名前」

「うひゃぁ!…び、っくりした!何!なんでこんなところにいるの!声かけてよ!」

「今掛けたよ」

「いや、そうだけど…」

もう少しで体育館、というところ目前の廊下にあるロッカーの影になるように赤司が立っていたものだから全く気がつかなかった。しかもこの暗さで、学校の廊下なんていうシチュエーションが悪い。心臓がまだばくばくいってる。

「どうしたんだ、鍵ならかけておいたぞ」

「いや、一応確認を…って、なんで定期的にあんたは敬語を外すかな。ぶん殴るぞ」

「はぁ、そうやっていちいち小言をいってくる名前もそろそろ諦めたらどうなんだ」

「年上を敬え馬鹿め」

「馬鹿はお前だよ」

は?と声を出す間もなく、赤司に壁ドンされてしまった。腕を掴まれてあっという間に壁を背に行く手を塞がれる。よく小さいだなんていじられてキレそうになってるけど、それは男子、それもバスケをしてる人間にとってであって、一般女子生徒の私からしてみれば普通に大きい。それを実感する程度には近いし動けないように腕が掴まれている。というか、世の女子はこれに胸キュンするんだろうか。相手が赤司だからか、はたまたこの薄暗さとさっきまでの心臓の高鳴りのせいか怖くて仕方がない。変な汗が出る。

「あか…」

「僕がお前を敬っていないから、お前をみくびっているから今まで呼び捨てにしたり敬語を使わずにきたと思ってるのか?」

すっと細められた瞳は何かをたくらんでいる狐のようで。口元が弧を描くのがかろうじて見えた。

「僕はね、ずっと、ずーっと、お前を恋人にしたくて、愛をこめて名を呼んでいたんだよ」

「え…」

訳がわからないまま呆然としているとそのまま赤司は私の耳元へ唇をよせて私の名を囁いた。




あ、やばい。ちょっとドキドキした。赤司なんかに。くそ、壁ドン効果体感した…!