苗字はよくわからないやつだ。たまたま席が近くなって少し話をするようになっただけでそれ以外には特別なものはなかった。朝の挨拶、授業のちょっとしたひと時、それくらいだ。ただ二人とも運動部に所属していて俺はバスケ部で体育館、苗字は陸上部でグラウンドにいるから、お互いにどちらも様子もわからなくて話をしたりした。知らなかったが彼女は転校生だったらしく帝光の設備の良さに驚いていた。前の中学ではグラウンドは狭すぎて野球部の遠投が降ってきて嫌煙の仲だった、などど語っていた。そんな劣悪な環境でよく活動ができるものだと眉を顰めたが彼女は別段気にした様子もなく懐かしそうに話をするのだった。すぐにわかった、走ることが好きなのだと。部活に行く前は行きたくないだの文句を言っているが、体育の授業で一度だけ、遠目に見た彼女の走る姿はとても生き生きとして見えた。だからかもしれない。土日に記録会があると告げた彼女に、見に行っていいかと口を滑らせてしまったのは。


今、彼女はスタートラインについている。数回体をほぐすようにジャンプをしてまた足を動かす。

「位置について―」








「だめだったなぁ…」

走り終えてすぐに苗字は俺の元に来た。「赤い髪だからすぐにわかるよ」っと、おどけて言う。結果は自己ベストにも及ばず、普段通りといったところらしい。それでも。

「すごかった」

「え?」

「あ、いや…」

なんて稚拙な言い方だったんだ!それでも、そんな言葉しか出てこなかった。彼女が本気で、全力で走る姿、伝わってくる真剣さが、美しいとさえ思ったのだから。

「苗字が走っているのは綺麗だと思ったんだ。」

「え、あ…あぁ!フォーム?赤司にそう言って貰えるなんてなんか照れるな!結果はあれだったけど」

それもそうなのだが。なんと言っていいのか分からずそれ以上口にすることはできなかった。