▼ 口説いてみようと思いまして
昨日なんとなく早めに就寝したせいだろう。いつもよりずっと早い時間に自然と目が覚めてしまった。起きているのにベッドにいる気分でもなかったので、コーヒーでも飲もうかと共有ルームに降りてきたところ、
「名前………」
思わずため息混じりだ。テーブルの上に広がるグラスや食べ終えた菓子の袋、そして積み重なるレンタルしてきたDVD。そういえば、今日休みだからと張り切ってたくさん借りてきた、なんて言っていたかもしれない。結局どこまで制覇できたのかは分からないが、つけっぱなしのTVとなにもかけずにソファで寝ている名前から、寝落ちしたのだと容易に推測できる。
「全く……名前、風邪を引きますよ」
肩を揺すれば意外にもすんなりと目を開けた。
「ジョ……ルノ……?」
「部屋に行きましょう」
それで済んだかと思えば名前はまた目を閉じて眠ろうとする。あぁ、これは寝ぼけている。
「名前?」
「んー……」
大丈夫、聞いている、起きているという意思表示のように一応声だけは返す。どう考えても聞いてないし起きていないが。
「はぁ、運びましょうか?」
「んー……」
「何時に寝たんです?」
「ん…」
「寝ぼけてますよね?」
「んー」
「おはよー」
「おはようございます、もう昼過ぎですけど」
よく寝た、とすっきりした様子で起きてきた名前。もちろんジョルノが彼女を部屋まで運んできちんと布団まで掛けてやったのだが、多分本人は覚えていない。
「………」
「………?」
なぜかジョルノが真顔で腕を広げて見つめてくる。え、なに怖い。
「あの、なにか」
「え?何っておはようのキスですよ」
「は?」
どうしちゃったの、うちのボス。なにか悪いものでも食べたのかしら。怪訝な表情を隠さずにいてもジョルノは相変わらず真顔でしれっと続けた。
「今朝約束してくれたんですよ。毎朝おはようのキスをしてくれるって」
「いやいやいや、待って。なにかの間違いでしょ。夢でも見てたんじゃ、」
『名前、毎朝おはようのキスをしてくれますか?』
『うん』
「えっ」
ジョルノの言い分を慌てて否定しようとしたところ、突然取り出された小型の機械。ICレコーダーだ。たしかに、なにか不利なやり取りだったり、相手の言質をとるのに有効だからと持たせた。そう、私が持たせた。
「最初から再生しますね」
『名前、僕のことが好きですか?』
『うん』
『なら、毎朝おはようのキスをしてくれますか?』
『うん』
『名前からするんですよ?』
『うん』
ぶつり
「いや、どーーーーー考えても寝ぼけてるでしょ」
「それでもたしかにちゃんと『うん』って意思表示をしています」
「こんなことのためにICレコーダー持たせたんじゃありません!」
「言質をとるためと言って僕に持たせたのはあなただ」
「揚げ足取らない!」
「うるせぇぞ!キスのひとつやふたつしてやりゃあいいだろォがっ!」
バシンっと読んでた新聞をテーブルに叩きつけたのはアバッキオだった。そう、思い出したけど共有ルームでこんな小っ恥ずかしいやりとりをしていたのだ。
「そうです、さっさと済ませちゃってください。慣れますよ」
「え、なに、なんで私が悪いみたいな流れになってんの?落ち着こう?」
「なにも口にしろなんて言ってませんよ。普通の挨拶ですから」
「うぅ……」
「名前、さっさとボスのご機嫌取りしてやれ」
「うぅ……」
「名前」
仕方ない。さっきまで超絶真顔で迫ってきてたのに急に微笑むのはずるい。こいつ、自分の顔の良さを最大限活かしてきやがる。結局絆されて頬に軽くキスをしてやった。ジョルノも反対側にわざとらしくリップ音を立てる。くそ、絶対耳まで赤くなってるのがわかる。
「とんだバンビーナじゃねぇか」
「アバッキオのバカヤロー!」
ジョルノが次はどうやって頬から口にさせるかを、すでに画策していること等知る由もなかった。