チャイ


「おい」

「へ」

目の前にはクラスメイトでありそれ以外の何者でもない男子生徒が立っていた。普通のクラスメイトであれば、どうしたんだろう?とただ疑問に思っただけだったと思う。でも、目の前の人となれば話は別。緑の髪にアンダーフレームの眼鏡、顔を上げなければ合うことのない視線、そしてその手にはいつも必ず持ち歩いているラッキーアイテ…あれ?

「えっと、何か、用かな緑間くん・・・?」

キセキのなんちゃらとかいう、とにかくバスケで強い人。語尾は〜なのだよというもはやキャラ付けてんこ盛りの存在だ。そんな彼は朝のてれび番組、おは朝の占いを盲信していてラッキーアイテムを所持しているというのは広く知れ渡っている。あの緑間くんが某はちみつ熊のぬいぐるみだとかかわいものを持っていることもあって密かにそのラッキーアイテムがなんなのか眺めて楽しんだりしてる。そんな彼の手にあるはずのラッキーアイテムがない。どうしたんだろう。

「苗字、お前チャイを持っているというのは本当か」

「は?」

「チャイだ」

チャ・・・お茶のチャイのことであってるんだろうか。確かに私は持ってる。私の所属する文芸部という名前だけのお喋り部は、適当に部室に集まってはお喋りをしたり時にはちゃんと本を読んでみたり、図書委員と一緒に企画を作ったりとそれなりにまったり活動している。そんな顧問もめっちゃゆるくて部室にはケトルが備え付けられている。顧問が職員室を抜け出してゆっくりコーヒーを飲むために置かれているというのは暗黙の了解。だから部員である私たちもよく使わせてもらっていて、そのためにそれぞれもマグカップまで置いている始末だったりする。そして、この冬噂のチャイを飲んでみたくて買ったはいいんだけどそのスパイスが苦手な人が多くて反響が良くない。結局飲むのは私くらいで部室の棚でまだたくさん眠っている。で、そんな話をどこから聞きつけてきたのかは知らないけど、緑間くんはたぶんそのことを言っているんだろう。

「えっと、うん。持ってる、けど」

「それを寄こすのだよ」

「は?」

えぇ、なに言ってるのこの人。寄こせって。人に物を頼む態度じゃない…!やっぱりこういう変な人は遠くから眺めて面白がってるのが1番なんだなってすでに感じる。

「今日の蟹座のラッキーアイテムはチャイだ。しかしどこの店を訪ねてもミルクティーしか置いてなかったのだよ」

「な、なるほど」

「このままでは今日のラッキーアイテムを手に入れることができない。お前だけが頼みなのだよ」

「は、はぁ…」

そう言うと緑間くんは黙って私を見つめる。え、これチャイ持ってこいってこと…?でも飲み物ってどうするんだろう。飲めばいいのかな。

まだSHRには30分くらいある。私はいつも朝早くきてその日の小テストの勉強とか暗記類をしてしまうので早めに学校にいるのだ。それが仇?となってしまったようだ。じっと見つめる緑間くんの視線から逃げることはできず、結局彼を文芸部の部室に招くことになった。






「はい」

「助かる」

やっぱり飲むんだ。飲めば1日効くのかな。よくわかんないけど。あとチャイを入れた缶を1日貸してほしいとも言われた。必ずなくちゃだめ!なんてものでもないし快く承諾。

「む、…変わった味がするんだな」

「香辛料がきいてるからねぇ」

「………」

「あんまり好きじゃなかった?」

「あ、いや」

「友達でも嫌いなひと多いんだよねぇ。癖が強いから。でも体は温まるよ」

「……そうだな」

あ、結構苦手そうだ。きっとラッキーアイテムだから飲んでいるんだろうけどめっちゃ眉間に皺が寄ってる。私は好きなんだけどなぁ。それにしても、こうして文芸部の部室でクラスメイトの緑間くんとお茶をしているなんてなんだかおかしい。あ、もちろん自分の分もついでにいれましたよ。当の本人は必至でチャイを飲みきろうと奮闘している。暖房のきいていない部室はすごく寒いからチャイが身に沁みる。あったまるなぁ。

「他にも色々おいてあるんだな」

「ん?あぁ、あの棚にね。コーヒーとか他にも煎茶とかいろいろあるよ。ココアも!」

「部の名前を改めた方がいいのではないか」

「喫茶部?」

「妥当だな」

はは、って思わず笑いが出た。不思議だ。ついさっきまでほとんど話したこともなかったのに。変人だと思っていた緑間くんは思ったより話ができる人だった。態度については触れないけど。

「苗字はこういうのが好きなのか?」

「うーん、冬は体が温まるし飲みたくなるね。私はだいたい紅茶調達係かなぁ」

「そうか」

緑間くんがようやくチャイを飲み終えたようなのでさっとカップを洗って教室に引き返すことにした。時間もちょうど良さそうだ。教室についたら、ありがとうと丁寧にお礼を言われて最初のあの寄こせはなんだったのかと思うくらい。今日は部活という名のお喋りタイムは開催されるらしいけどチャイはないし、何を飲もうかなぁ。



(苗字)
(あ、緑間くん)
(先日の礼だ)
(え?うそ、いいのに!)
(いいから受け取れ!)
(はい!)


(うわ、これ高い紅茶だ…緑間くん家金持ちなんだ…)



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チャイという名のただのミルクティーおいてる店多すぎ。
うわ!って思うくらいスパイスきかせてるべきだと思うの。