▼ イングリッシュブレックファースト
カランカラン、
一昔前とも言える喫茶店のドアを開ける音がした。誰だろうかと、店の奥にいた名前は読んでいた本を閉じ慌てて顔を出す。
「いらっしゃ……あらぁ…!」
そこには全身ぐっしょり雨に濡れてスポーツバックを持った男の子がいた。男の子というには語弊があるかもしれない。おそらく高校生の部活少年だろうがその身長は平均より幾分も大きく体つきもがっしりしているため青年といった方がもう正しいのかもしれない。そんな彼は名前を見ると、
「スンマセン、ちょっと、雨宿りさせてくんねーッスか…?」
気まずそうに言うのだった。
外は雨。で終わらせられないほどの大雨に風。所謂台風だ。よくもまぁこんな日に外に出たものだと名前は若干呆れながらも彼にバスタオルを渡してやる。
「傘途中でぶっ飛んじまって…」
「そりゃ、この雨に風だもんねぇ。普通の傘なら壊れちゃうよ」
ガシガシと適当に頭を拭いていくのを見ていると、これはドライヤーも持ってきて全身乾かした方がよさそうだと判断する。短い髪は雑な拭き方でよくても他はそうはいかない。奥に戻ってドライヤーと余分にバスタオルをとってきている間に火にかけていたやかんから沸騰した音が出ていた。
「はい、どうぞ」
「スンマセン」
「今日はどうして外出なんてしてたの?」
「部活で…」
「え!?こんな日に!?」
どこの高校だそれは、と訝る気持ちが顔に出てしまっていたのか、「自主練ッス!」と慌てて付け加えられたのを聞いて納得した。こんな台風の日に部活だけのために学校に来させる顧問がいたとすれば面倒な保護者からクレームが出るに違いないというところまで考えていたところだった。
「何部なの?」
「バスケッス」
「あぁー!背高いもんね」
彼は渡したドライヤーであちこち適当に乾かしながら、一方名前は沸かしたお湯で紅茶をいれながら他愛のない会話を続けていく。チェーン店ならまだしもこうしたちっぽけな喫茶店に高校生が来ることなんて珍しい。台風で客足が遠のくどころかもうさっさと店を閉めてしまおうかと考えていた矢先のことだったために、このちょっと珍しいお客さんを導いてくれて台風に少し感謝していたりもした。
「紅茶は好き?」
そういえば聞くのを忘れていた、といれ終えてしまってから気付く。
「い、いいッス!悪いんで!」
「もういれちゃったもの」
「……よくわかんねぇッス」
なんとなく予想通りの答えが返ってきて名前は思わずクスクスと笑いがこぼれた。外は未だに嵐で、窓をたたく風もひどくうるさいのにここだけおかしいくらい穏やかな空気で、それがまたおかしかった。
「イングリッシュブレックファーストっていう紅茶でね、ミルクティーにぴったりなの!」
律儀にいただきます、と言ってカップに口をつける。きっと本人も思っているのだろうが、その大きな手の中にあるとカップがひどく小さく見える。すごく似合わない。もし次があるのなら彼には大きめのマグカップの方がいいかもしれない、と食器棚を眺めながら反応を待った。
「うまい…」
「気に入ってくれた?」
「紅茶ってうまいんスね…」
「良かった。ゆっくり飲んで少しは体を温めてね」
さて、雨も風も止みそうにないし、この子をどうしたものか、とぼんやり考えながら名前もまた紅茶のカップに口をつけるのだった。
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イングリッシュブレックファーストはどれもだいたい飲みやすいんですけど私が初めて飲んだものがウェッジウッドのものだったのでそれを贔屓に飲んでいます。