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真新しい鳴咽 1

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セント・ポプラ。
美しい街並みで有名な、通称「春の女王の街」。
私は今、長官殿の護衛としてその街を訪れていた。

「いいか!第一に重要なのはおれの安全を確保することだ!分かってんだろうなぁ!」
「了解しました」

無駄に大きな声を張り上げて長官殿は言った。
ただその、街中を歩きながらそんなことを言うのはああまり良いことでは無いと思うのだが。
ところで何故はるばるセント・ポプラまで来たのかというと、実のところ聞かされていない。
護衛任務だ、とだけ伝えられついて来たらこの場所だったのだ。
どなたかと電々虫をしていたことから、この付近でその方と落ち合うのかもしれない。
わざわざ出向く必要がある用であるのかは、少々謎である。
勇み進む長官殿の後ろをついて行くこと数分。
とあるシンプルなバーの前で、長官殿が立ち止まった。

「そんなに時間はかかんねェから、お前は外で待ってろ」

入り口の横を指差して言う。
何か私がいては都合の悪いことがあるのだろう。
黙って頷くと、長官殿はバンと扉を開けズカズカとバーの中に入っていった。
一人残された私は、周囲を見回す。
すると、バーのはす向かいに薄暗く狭い路地を見つけた。
そっとそちらに寄り、身を隠すようにしてひっそりと立つ。
人通りの少ない地区とはいえ、バーの入り口付近に黒服の女がいてはさすがに目立ちすぎるのだ。
この場ならバーの入り口も見えるし、長官殿が出てきたらこちらが姿を見せれば良いだけのこと。
ふと、ひやりと冷たい風を感じた。
ここは暖かい気候の島で、北風とは縁がなかったはず。
一雨来るのだろうかと空を見上げた、その時。

「ちょっといいかい、お姉ちゃん」

ビリと、背筋に緊張が走る。
いや、背後から聞こえたその声自体には全く、緊迫感なんてものはかけらも感じられないのだけれど、問題は気配。
そろりそろりと、振り返る。
そこに居たのは私の背丈をゆうに越す大男で、アイマスクを額につけている、海軍大将。

「青、きじ……」

どうしてこんなところに、私などに用はないはず、それよりもいつから背後にいたのか。
疑問ばかりが頭をめぐり、思考が止まりそうになる。
それではいけない。
パッと反射的に距離をとって青雉を見上げる。
すると、青雉はやれやれといったように頭をかいてから、気だるそうに口火を切った。

「まぁまぁ、そう警戒なさんなって。きれーなお姉ちゃんを見かけたら、声の一つくらいかけたくなるもんなのよ」
「……建前はどうでもよいのです。何故貴方のような方が、このような場所にいらっしゃるのですか」
「あらら、怖い顔。せっかくの美人が台無しよ?」
「はぐらかさないでください」

この人の、飄々とした物言いや態度は昔から少し苦手であった。
こちらの全てを見透かして、何枚も上手を取られているようで居心地が悪い。

「それで、本当になんの用なんですか」
「用、って言われてもなぁ。ま、港で懐かしい顔ぶれを見かけたもんだから、挨拶しとこうと思ってね」

へらへらと笑う青雉。
私は柄にもなく、小さなため息をついた。
この人の流れにのまれてはいけないということは、よく分かっている。
そう、いつも通りの自分で対応すればなんとか凌げるのだ。

「では、挨拶は済みましたのでお早くお戻りください。きっと、貴方の部下もふらふらと出歩かれる大将殿を探していることでしょうし」

"お戻りください"の部分に少し力を込めて告げる。
つれないなぁ、と青雉。

「でもナマエちゃん。初めて会った時よりもなんかこう、変わったよね」
「……」
「明るく…はなってねェし、優しく?柔らかく?もなってねェ……。いやまぁほら、君も女の子だし?三年以上会ってないわけだから変わるのもそりゃ当然か……」

ぶつくさぶつくさ。
頭をかきながら何やら一人で問答を繰り返している。
一体何がしたいのだろうか。
もう放っておいて欲しいのだという気持ちを前面に出し、大男に背を向ける。
いつまでも懇切丁寧に相手するほど私も気の長い方ではないのだ。
それに、もうじき長官殿の用も終わる頃だろう。
そうなれば、当選私も付いて戻ることになる。
何をなさっているのかは興味のかけらも無いが、一刻も早くこの状況から逃れたい。
いくら相手が大将殿であったとして、私はもう政府側の人間である。
したがって多少恩のあるこの男との久しい邂逅であったとしても、懐かしむほどの過去では無い。
むしろ今までの全てがなかったことになるのなら、喜んで受け入れよう。

「まぁまぁ、ナマエちゃんが今元気そうでなにより。傷も大分マシになって……」
「その話は!やめてください。聞きたくありません」
「あ、あぁ、ごめんね。そりゃいい思い出じゃないし、忘れたいよね」

素早く振り向き、柄にもなく怒りを滲ませた声を張り上げてしまった。
それに驚いたのか、大男は身体を折り曲げて謝罪の言葉を述べた。
路地裏は、より一層暗くジメジメして感じる。
私は早くここから立ち去りたかった。


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