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大抵は善意でできている

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ようやくこの不夜島の性質にも慣れてきた頃、私はいつものように長官殿の使いとして塔内を歩き回っていた。
カリファ殿とクマドリ殿に届け終えたところで、残るはジャブラ殿だけ。
廊下の中央あたりで、ちょうど真上の部屋はカク殿のものらしい。

「ミョウジです。書類をお届けに参りました」

ノックを三回してから扉に向けて言う。
するとすぐに入れとの返答があった。
やたらと大きな扉をあけてまず目に飛び込んできたのは、屋内とは思えない光景だった。
真正面の壁には、狼の文字。
床一面に青々と整えられた芝生が生え、そこは大地のように見える。
幾本もの木や、大きな岩、さらには橋のかかった小川まで流れていた。
これでは、部屋の中にいるのか外にいるのか区別がつかない。
けれど、どこかとても心地よく、気分も落ち着いていくようだった。
すぅとゆっくり息を吸って、それから思い出した。
ここにきたのは書類を届けるためだったと。
芝生の感覚を足で確かめながらジャブラ殿の方に向かうと、彼は大きな口を開けて笑っていた。

「この部屋は初めてだったか?驚いた狼牙」
「はい、驚きました」

そう素直に頷けば、ギャハハと特徴的な笑い声が響いた。
とても野生的な方だと思っていたが、どうやらあながち間違いでもないらしい。
束になった書類を手渡して部屋を出ようとすると、足元からバサバサと羽音が聞こえた。
パッと覗き込んで見れば、チュンチュンと鳴くニワトリと思しき鳥がいたのだ。
……はじめてみた。
その子は私の周りをくるくると歩き回り観察した後、ふいと興味を失ったようにテトテトと向こうへ歩いて行った。

「そいつァ自由な性格でな」

それをみたジャブラ殿は大きく笑って言う。
私はすぐに、特に気にしているわけではないという旨を伝えた。
例外もあるけれど、鳥類は脳のサイズが小さいものが多く、意思の疎通が行えない場合がある。
また、こちら側に興味を示さない場合も同様だ。
私が出来るのは彼らとの対話ではなく、意思を汲み取る事に近い。
だから、積極的に人と関わろうとする子ほど意思は汲み取りやすく、反対に人を避けている子はそれが難しくなってしまうのだ。
曰く「見聞色の覇気に由来するものではないか」と、海軍のある方が仰っていた。
生物の心の声を聞いたり、周囲の人々の思いを理解したり、果てには言動の先読みや近い未来の予知なども出来るという見聞色の覇気。
先天的に持つものもいるらしいが、私はきっと後天的に発現したタイプだろう。
少し、心当たりがあった。

「どうしたよ、ボーッとして」
「…! いえ、申し訳ありません」

忘れようとすればするほど、嫌な記憶とは纏わりつくもので。
いっそなかったことに出来るなら、どれほど楽か。

「こちら、長官殿からお預かりした書類になります」

大判の茶封筒に収められた書類を手渡す。
ジャブラ殿は、封筒上部を爪で裂くように開封してからパラパラと中身を確認した。

「ありがとな。ちゃんと受け取ったぜ」

ニカッと、大きく口を開けて笑うジャブラ殿はとても良い人なのだろう。
CP9のメンバー内でも歳が上の方らしいから、兄貴分というやつかもしれない。
ルッチ殿とは大層仲が悪いらしいが。

「では、私はこれで失礼しま…」
「あっ、おいちょっと待てミョウジ!」

くるりと背を向けて立ち去ろうとした時、何故かジャブラ殿に呼び止められた。
何でしょうか、と視線で問う。
彼はガタガタと引き出しや卓上を漁ると、ようやく何かを探し当てた。
ほらよと探り当てたそれをこちらに放る。
綺麗な弧を描いて飛んできたものを受け取ってみると、細やかな装飾施された手のひらサイズの缶であった。

「あの、こちらは……?」
「飴だ、飴。この前抹殺対象から貰っちまったんだが、おれはそんなもん食わねぇんだ。女のオメェさんならそういうの好きかと思ってな」

ま、いらねぇなら捨ててくれぇやと彼は続けた。
御本人が要らないとはいえ貰い物を貰ってしまうのはいささか妙な気持ちになる。

「いえ、ありがたく受け取らせていただきます」

けれどこのまま突き返したとあっては角が立つ。
素直に受け取っておくことに決めた。
もう背を向けてしまった彼に退室前の礼をして、滞在の延びたジャブラ殿の部屋を後にしたのだ。


▼△▼


長官殿の部屋に戻ると、当然のごとく飴の缶について問われた。
大まかに事を説明するとまるで興味の無さそうにへぇ、とだけ呟いた。

「なんだかんだで馴染めてるようだな」

誰にいうでもなく、長官殿はそうもこぼす。
果たして、これが馴染めているということなのかは微妙なところではあるが。
そもそも私はCP9の面々と懇意にしにここへ来ているわけではない。
それに、初対面のあの感じから良い関係を築けそうな雰囲気はなさそうである。
たとえ嫌われたとして、最悪実害を被らなければ平気だ。
無意識に握った両手の中にある缶は、ひんやりとしていたものの自身の体温で生ぬるくなっていた。


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