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持たざるものの憂鬱 2

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足音を殺しながら、階段を下る。
鉄の階段ではやたら響くからと、ヒールは脱いでしまった。
私は関係者用の出入り口前に立っていた警備の者を黙らせた後、きっと声がしたであろう方へと向かっていた。
あれから、声は聞こえていない。
この場合の最悪な状況が頭をよぎるが、それは考えてはいけないことだろう。
ただ迅速に、そう言い聞かせた。
後ろから誰かが追ってくる気配もないし、近くに人がいるような感じもない。
ルッチ殿は、私の好きにさせてくれるようだ。
とにかく周囲に注意を払いながら下りていれば、小さく鈍い音が聞こえた。
何か、大きなものがぶつかるような、そんな音だ。
あいまに、金属が擦れるような嫌な音もする。

「まさか…」

音は、どこからするのだろう。
階段から身を乗り出して確認すれば、少し下のひらけた辺りに扉が見えた。
大きな鉄扉だ。
ここから、そう離れていない。
十分余裕だと、足場を確認して、私は一気に飛び降りた。
月歩を使えばよかったと飛んでから気がついたけど、きにはしない。
扉の数歩手前に着地し、かかっている錠前を認識する。
よくある古いタイプだったから、こんなのは蹴って壊せばいい。
ガシャン、と音を立てて錠前は役目を終えた。
両開きの入り口。
向かって右側の扉をゆっくりとスライドさせて、できた隙間から中に滑り込む。

「......」

薄暗くぼんやりとしか見えないが、それでもなんとなくわかる。
広い倉庫の中に広がっていたのは、冷たい鉄の雰囲気と動物の匂い。
私は、これをよく知っていた。
一番手前の比較的小さな檻の前に立ち、中を覗き込む。
そこには、身を寄せ合って震えるリスの子供たちがいた。
他に数多く置かれている檻にも、多くの動物の気配がする。
こういうところは大嫌いだ。
彼ら彼女らを、こんな風に扱うなど許せない。
内部連絡用の電伝虫を取り出し、上のフロアにいるであろう男へと連絡を入れた。


▼△▼


結論から言うと、あの船上パーティー動物密輸の隠れ蓑として行われていた事であった。
夜会に動物同伴が許可されたのは、下層部にいる子たちが騒ぎ出しても誤魔化せるようにする為。
それから、私達が潜入した目的も、これに該当するものだ。
近頃、革命軍の過激派一派が動物を使って良からぬことを企てているとの知らせがあり、その情報収集として動物同伴可能な夜会に参加させられた。
まさか、それがこの夜会であるとは予想外であったけれど。
首謀者とその関係者はその後呼んだ海軍に連行され、動物たちは専門の機関がみな引き取っていった。
海軍を呼んだのも、その機関を呼び出したのもすべてルッチ殿の指示だ。
私の言葉を確認すると、彼はすぐに決断を下した。
それは私には到底出来得ないことであって、純粋に尊敬に値するものだと感じた。

「概要は以上です。詳細は、戻り次第報告致します」

長官殿にそう報告を終え、一息つく。
軍艦上で迎えた久しぶりの暗い夜、といってもかなりの深夜ではあるが。
ぎゅっと膝を抱えてソファへと横になる。
あの子達はこれから幸せに過ごせるだろうか。
助けを求めた彼女は、最後に一言ありがとうと告げてくれた。
美しい毛並みで、美麗な顔立ちの狐の彼女。
微笑み返すことしか出来なかった私に気がついてくれたか分からないけれど、彼女の生活が良い暮らしになることを祈ろう。

「おれだ。入るぞ」

ノックが三回、合図の後に扉が開いた。
現れたのは、いつもの仕事着に着替えていたルッチ殿だった。
いつも肩に乗っている愛らしい白鳩は、今はいない。
私は居住まいを正し、招き入れた。

「なんだ、まだそんな格好をしているのか」
「......申し訳ありません。少し、考え事を」
「いや、いい。貴様に話があるがすぐに済む」

そう言うと、男はすっと私の正面のソファに腰掛けた。
一瞬の沈黙。
全く感情が読めない瞳と視線がかち合うのは、やはり心地の良いものではなかった。

「貴様は、何かおかしな力を持っているな?」
「.........」
「およそ検討はついている。が、そんなもので納得するほど俺は甘くはない」

だから全てを、嘘偽りなく述べろと。
本当に、末恐ろしい男だ。

「......はい」

出来るだけ掻い摘んで、かつ詳細に言葉を選んだ説明をした。
概要は、動物達と意思の疎通が出来るが、海王類などの大きな子達はダメだということ。
話している間、ルッチ殿は眉間にしわを寄せつつも黙って聞いてくださった。
伝え終えると、男は腕を組んで少し考える素振りを見せたが、何も言わなかった。
かわりに、どこか複雑そうなため息をついている。

「......なにか、その、ご不明な点でも?」

恐る恐る尋ねてみても、違うと一蹴されてしまった。
そして徐に立ち上がった男は、また元の無表情を保ったまま言い放った。

「任務における貢献度・達成結果から、此度の貴様の単独行動については目を瞑ろう。しかし、次は無いと思え。CP9にいる限り、貴様が背負うのは『闇の正義』だ」

時間を取らせたな、と最後にそれだけ残してルッチ殿は部屋を出ていった。
どっと力が抜けていくのが分かる。
褒められたのか、認められたのか、貶されたのか。
きっとそのどれでもあって、どれでも無い。
けれど、彼にとっての要不要の価値が、少しだけ見えた気がした。


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