持たざるものの憂鬱 1
---------------------------------------------「突然で悪いが、お前らに仕事だ」
「本当に突然ですね」
早朝。
きっとまだ太陽は顔を出していない時間だろう。
そんな時間に呼び出しをくらった私達は、揃って上機嫌とは言えなかった。
「今日、とある資産家の主催で夜会が執り行われる。その夜会に客として参加し、情報を入手する事が任務だ。あくまで諜報。殺しは無しだ」
矢継ぎ早に任務内容を話す長官殿は、こちらを見ていない。
ああ、そんな態度だからルッチ殿の顔がすごい事になっている。
「あの、長官殿。質問よろしいですか」
「なんだ」
「何故、私なのでしょう?私よりもカリファ殿の方が適任なのでは……?」
「あ?んなもん、カリファが任務でいないからに決まってんだろ」
「でも……」
チラと、隣を確認する。
深く刻まれた眉間のシワを見るに、やはり怒っている事に間違いはなさそうだ。
「とにかく!すぐに出発しろよ、時間がない」
その言葉の数分後、私は半強制的に連絡船に乗せられていた。
▼△▼
夜会と聞いていたのだから、私は勝手にどこかの屋敷でするものだと思っていた。
まさか、船上での夜会だったとは。
無駄に高い天井や、そこから下がるシャンデリアは任務ではよく見かけるものだった。
「いいか。任務は指令書に書かれていた情報についての諜報活動。それから、今はあくまでパートナーとして振る舞うように」
小洒落たタキシードに身を包んだルッチ殿が、低く呟いた。
私は、同色のシンプルなワンピースに淡いブルーのストールを羽織って、彼の隣に立っている。
因みに、全て見繕ってくださったのはルッチ殿だ。
夜会に男女で参加するのだから、当然パートナーという設定が最も自然に溶け込める。
言い出したのはルッチ殿だったが、もちろん同意したのは私だ。
「はい、承知しています」
非常に、不本意ではあるが。
「それにしても、動物同伴可能な夜会って珍しいですよね」
さりげなく話題を変えた。
なんでも、主催者の意向によりペット同伴でも良いと事前に通達が来ていたという。
「毛や匂いなど、衛生上好まん輩も多い。まぁ今回は動物好きの主催者のおかげで、こうしてハットリも入れたわけだ」
「ええ。みんな大人しくて賢い子ばかりのようです」
最も、騒ぎ立ててしまうような子をこんな所に連れては来ないだろうけれど。
ルッチ殿の肩にとまったハットリも、彼と揃いのネクタイをして静かにしている。
私達が他愛ない会話(をしているフリ)をしていれば、ボーイの一人が飲み物を運んできた。
どうやらこれから主催者の掛け声で乾杯をするらしい。
定型文のような挨拶が長々と続き、主催は最後に「乾杯!」と発した。
「飲むフリだけでいい」
私にだけ聞こえるような小さな声で、ルッチ殿が言った。
飲み物に薬かなにかが入っている可能性がある、そういう意味だろう。
なんとも神経質な人で、よく言えば注意深く賢明な方であるということは何となく理解できている。
わかりました、と目配せをおくった。
グラスを傾け嗜むふりをしつつ、周囲の会話に意識を向ける。
が、聞こえてくる会話といえば専ら資産家の自慢話くらいだった。
「大した収穫は無いな。見合いがどうだや、連れてきたペットが見当たらないだとか、その程度の会話ばかりだ」
さりげなく会場をまわり数名と会話を交わして来たルッチ殿が言った。
「こちらも特には……ん?」
一瞬、かすかに声が聞こえたきがした。
本当にそんな気がしただけで、しっかりと聞こえた訳ではなかったのだが。
「どうした」
「……いえ、気のせい…だと思うので」
「言ってみろ。情報の必要性はおれが判断する」
鋭い眼光で射すくめられてしまえば、従うしかない。
私の苦手な視線だ。
「…助けて、と」
確実にそうかと問われれば、自信はない。
だが、かすかに聞こえたような気がしたのだ。
「誰の声だ。どこから聞こえる」
「分かりません。でも、少女の声でした」
今にも来てしまいそうな、それほど小さくか弱い音。
ルッチ殿は、目を伏せじっと耳をすませていたが、やはり片眉をあげて首を振った。
私には聞こえていて、ルッチ殿には聞こえない。
その理由は、よく分かっていた。
「......ちょっといってきます」
ルッチ殿からの制止の声を背に受けながら、フロアの壁沿いに人波を抜けた私は、船底側へ急いだのだ。
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するすると人混みを抜け、あの女は行ってしまった。
動物との意思疎通ができるという。
それは今現在、ほとんど疑いようのない事実であって、本任務においては非常に役立つ能力だ。
おれはハットリの事しか分からない。
いや、だからといってミョウジをどうこうと思う事はなく、純粋に役に立つ、とても便利なものだと感じていた。
謂わば、正体不明の物に対する価値を見出したと同義なのだろうか。
「ねぇ、あの人素敵ね」
「貴方もそう思う?私もよ!」
「隣にいた女、いなくなったみたいじゃない? 彼に声かけてみちゃおうかしら」
......建前上のパートナーがいなくなった事により、他の女からの視線が煩わしい。
任務とはいえ、こういった場所はやはり好ましいと感じない。
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