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とにかく習うより慣れろ2

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長官殿が淹れたての珈琲を溢し、熱さに悲鳴を上げる回数が五回を超えた時点で数える事をやめた。
盛大な叫び声は、きっと司法の塔全体に響き渡っているだろう。
あぁ、また叫んでいるな。

「くっそどうなってやがんだ...ここの給仕は」

それは給仕さんの所為ではなく貴方ご自身の不注意では。
ここ一週間、内心そう思っている。
赴任してからずっと司法の塔から外に出ていない私にとって、長官殿の観察くらいしかする事がない。
あとは、そう。
ファンクと遊んだり。

「パオーン」
「何の御用ですか?」
「パオン、パオ〜!」
「はい、えっと...そうですね。それがいいです」

ファンクはとても素直な子で、色々な話を聞かせてくれる。
もともとは剣だったが、能力者になった事である程度の意思疎通が可能になり、喜んでいると始めに伝えてくれた。
それからは、長官殿との思い出や今までのCP9諜報部員との関わり。
関わりと言っても、ファンクの一方的な語りが殆どだった。
あとは、好物がバナナで、長官殿がくれるバナナがとても美味しいのだとか。
そんな風に他愛もない会話ばかりだった。
まあでも、それなりに暇をしている私にとっては大変良い話し相手だ。
前にも言ったように、司法の塔の中にいる分には護衛など到底必要ない。
そんな事態に陥った場合、それは政府がダメになってしまった時だろう。
今現在、そんな心配は無い。
したがって、私の仕事など無いに等しいのだ。
そう、ほとんど無い、と思っていた。

「おいナマエ、ちょっと来い」
「はい」

スパンダム長官は、驚くほど人使いが荒い。

「こっちの資料がルッチ、んでこれがカクな」
「...そちらのは?」
「あ?これは、アレだ、上に出す報告書」
「なるほど。では、届けてまいります」
「おう、頼んだ」

資料の束を受け取り、長官室を出る。
とりあえず、カク殿の部屋から向かおう。


▼△▼


「ミョウジです、書類をお届けに参りました」

大きな扉の前で、声を上げる。
するとすぐに戸が開かれ、カク殿が顔を出した。

「また長官からのお使いか」
「はい。それが私の仕事なので」
「それは分かるが…まあ、お主も大変じゃのう」

そう言って、苦い笑いを浮かべていた。
カク殿は、なにかと私を気にかけてくれている。
それがどうしてかは分からないが、この方はきっと優しい人なのだろう。
でなければ、私のような者と話そうとは思わない。
初めに会った、あのロブ・ルッチ殿のような対応が妥当だ。
同じサイファーポールといえど、イージス0は異質である。
天竜人直属の政府機関。
そんな組織に属している人間とお近づきになろうなんて、普通思わない。
まあ、ここCP9も煙たがられていると聞くし、似た者同士なのだろうか。

「それでは」

小さく頭を下げて、去ろうとした時。
扉を閉めかけていたカク殿が、振り返って言った。

「もうちっと、笑ってみたらどうじゃ」

しかしすぐにギイと鈍い音を立てて、扉が閉じられる。
もう少し笑ってみては、と。
やはり気にかけられていたのはそこか。
他の人間にはニコリとも笑いかけない女など、不自然に思われるのも仕方がない。
女は愛嬌、いつかそう聞いた。
愛嬌のない女は、黙って働けば良いのだ。
もう傷の絶えなかったあの頃とは違うのに、背中がジクリと痛んだ気がした。

「...次は、ロブ・ルッチ殿か」

そうだ、私はただ言われた事をこなせば良い。
そうすれば、きっと大丈夫なのだから。


▼△▼


「ミョウジです。書類をお届けに......」

ノックしてから言い終える前に、大きな扉が開いた。
いつも通り、不機嫌なのかどうなのか分からない仏頂面でルッチ殿が立っている。

「入れ。貴様に話がある」

唐突にそう言われ固まってしまったが、厳しい目線でさらに催促するので、促されるままに部屋へ入った。
必要最低限の物しか置かれていない殺風景な部屋。
くいと顎で示されるとおり、1人掛けのソファに腰を下ろした。
私が座れば、向かいの2人掛けソファにルッチ殿も座った。
すると、窓際に置かれた専用のベッドから飛び立ったハットリが、ルッチ殿の肩に止まる。
彼の定位置は、そこのようだ。

「...先に、こちらをお渡ししておきます」

長官殿から頼まれた書類を、正面に座る男に渡す。
それを黙って受け取ると、やはり黙したまま目を通していた。
暫し、両者の間に静寂が訪れる。
何の書類だったのだろうか。
読み終えたらしいルッチ殿が、何故か薄く笑っていた。


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