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はじめましては上手くいかぬ 1

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巨大な海軍軍艦が、白い帆を潮風にはためかせ、海面を滑るように走っている。
天候も上々。
此度の航海は、タライ海流の流れに任せるだけのものである。
しかし、甲板を忙しなく右往左往する海兵達がいた。
彼らは皆、手に手に食事や毛布等を持ち、甲板の隅で海を眺めている人物のもとへ駆けて行く。

「お身体が冷えます。毛布をどうぞ!」
「温かいスープをご用意致しました!」
「いいえ、是非こちらを!」

我先にと言わんばかりのアピール。
そして、彼らが声をかけた女は海に向けていた視線を、海兵達に向ける。
艶やかな黒髪から覗く瞳は、まるで深い海のように見える。
対して、服装は真っ白なスーツに同じ色のコートを羽織っていた。
コートの裾がひらひらと風に靡く。
それが、彼女の魅力をよく引き立たせていた。

「...後で戴きます」

少しも表情を変えずそれだけ告げると、差し出されたものに見向きもせず、再び海に視線を戻した。
かなり雑な対応だったにも関わらず、海兵達は凹まない。
彼らは、女の挙動の度にさらりと流れる黒髪に目を奪われ、それどころではなかったのだ。
では後ほど!と声をあげて撤退していく。
そんな海兵達が去ってから数分後、次に女のもとを訪れたのは中将だった。

「エニエスロビー到着まで、あと10分ほどです」

未だ海を眺める女の背に告げる。
聞こえていない事は無かろうが、返事がない。
用件を伝えた中将がまぁ良いかと思い、中に戻ろうとした時。

「1つ宜しいでしょうか、中将殿」

女が、振り返らずに発した。
それに慌てた中将は、軽く立ち居振る舞いを直してから、構いませんと言った。
何を問われるのか、気が気でない様子だ。
それから数秒して、女が小さなため息とともに言う。

「CP9長官スパンダム殿とは、どのようなお方なのかご存知でしょうか」


▼△▼


エニエス・ロビー、司法の塔。
実際ここは、サイファーポールNo.9の本拠地となっている。
そして、その長官室にある男が呼ばれていた。

「...すみません長官、もう一度仰って下さい」

白い鳩を肩に乗せたシルクハットの男は、呆れを滲ませてそう言った。
鳩の方は、肩をすくませるような動作をしている。

「だぁかぁらぁ!言ってるだろ。これから海軍船に乗ってやってくる人物を迎えに行く任務。たったそれだけだろうが!」

小馬鹿にしたような話し方が癪にさわるが、シルクハットの男は堪える。
任務内容についてはきちんと聞こえていた。
しかし、そんな任務が存在するのか。
男にはそれが分からなかった。

「...その人物の特徴は」

もはや詳しい言及は止め、対象の特徴を問うた。
しかし返ってきた返事は予想を上回る。

「知らん。向こうが気付くんじゃねぇの?」

その言葉に絶句した。
特徴も何も全く分からない人物を、どう迎えに行けば良いのか。
男の肩で、白い鳩が頭をかかえる素振りを見せる。
シルクハットの男の内心を表しているようだ。

「いいから、ほら!さっさと行ってこい!」

もうじき着くらしいからな、と。
捲し立てられるようにして長官室を出た。
シルクハットの男は、仕方なしに正義の門前まで移動する。
剃を使うと、ほんの数秒で到着した。

「アレ、か...」

確かに、軍艦がこちらに向かってきているのが見える。
やってくるのはどんな人物なのだろう。
どうせ碌でもない奴なのだろうと、男も鳩も思っていた。


▼△▼


「エニエスロビー、到着致しました!」

船を付け、錨を下ろした海兵が告げる。
すると白いスーツの女が軍艦内の部屋から、荷物を持って出てきた。
敬礼する海兵達の前に立ち、軽く一礼。

「ここまでの船旅、ありがとうございました」

やはり微笑みの1つもないが、礼儀正しい挨拶。
頭を上げた女は踵を返し、荷物を下げたままトンと軍艦から飛び降りた。
そうして、ここエニエスロビーの地に降り立った女が最初に目にしたのは、白い鳩を肩に乗せた真っ黒い男だった。
両者の視線がかち合って、互いの動きがピタリと停止する。
吹き抜けた風が、長い黒髪を揺らして遊ぶ。
幾ばくかの静寂の後に、白い鳩がポーと鳴いた。
その声を合図に両者が口を開く。

「貴方がーー」
「貴様がーー」

途中まで言いかけたが、質問がかぶってしまったことで止めた。
微妙な空気が流れ出す前にと、今度は男の方が先に口火を切った。

「貴様が、件の人物か」

明らかな殺気と敵意を滲ませた声色。
男はこれ以上の適切な言葉を知らない。
だが、女の醸し出す雰囲気から多少の確信があった。
ただの女では無いなと、男は直感する。

「えぇ、仰る通りかと」

妙に歯切れの悪い女の答えに、男は深く眉をしかめる。
その対応に、女は言葉を続けた。

「...今ここで仔細をお話しするのは、あまり得策ではありません。ですから、全ては司法の塔で」

互いに、表情を崩さないままでいる。
白い鳩がポッポと鳴き、軽く羽を動かす。
その瞬間、ほんの僅かに女の表情が緩んだ気がした。
しかし男はそれに気がつかない。

「...分かった。着いてこい」

男は、女に背を向けて歩き出した。
もう数メートルは先にいる男に、少し声を張り上げて女が告げる。

「あの、1つお聞きしたいことが」

シルクハットの男は振り向いてから、目線だけで早く言えと催促する。
白い鳩も小さく鳴いた。

「貴方が、CP9長官のスパンダム殿でしょうか」

それを聞いた男はあからさまに眉根を寄せて、怪訝さを露わにした。
至極不快であるということを微塵も隠さないでいる。
対する女は、数度瞬きをした後に再び同じ事を口にしたのだった。


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