通り雨ビフォーアフター


!行長と景勝と兼続


今日の通り雨は、いつもより冷たかった。
その雨にしてやられて雨宿りにでもきたのか、慌ただしくカフェに入ってきたお客さんが二人。

「いらっしゃいませぇ」

俺はにっこりと笑ってみせると、二人のお客さんにタオルを渡した。
この雨だ、傘も持っていないようだし、冬にそんなに濡れてしまえば風邪をひいてしまう。

「タオル、使ってください。風邪をひいたらあかんので…この雨やからすぐに止むと思いますが」
「かたじけないです、ありがとう」

タオルを渡すと、手前の背の高い男性は柔らかく微笑んだ。水も滴る…というのが全く当てはまっている。
もう片方の男性も小さく会釈をした。またこちらもいい男。背はそんなに低くはないのだけれど、隣の男性のせいで、少し低く見えた。

「メニューになります。えっと…とりあえず体も冷えてはると思うんで、紅茶でも…サービスなんで」

テーブルについた二人に、メニューと小さめのカップについだ紅茶を。背の低い方が、紅茶に向かって鼻をすんと言わせた。それにつられ、もう片方も鼻をすんすんさせて首を傾げる。

「あれ…これって」
「寒そうなんでジンジャー入れてみたんです。あ、もしかして苦手とか…?」
「いや、そうじゃないんです!そうじゃなくて、素敵だなぁと…」

あなたのその笑顔の方が素敵ですよ、お兄さん。といいたくなるような笑みだ。
彼は紅茶を飲んでほっとしたような顔を見せると、きらきらした目でメニューを見始めた。
ここまできらきらした視線を(メニューにだけど)送られると、なんだか嬉しい。

「景勝さま、カレーやオムライスまでございますよ!………そうですね、パフェも美味しそう」

少し背の低い男性が景勝というのだろう。景勝さんは黙ったまま、ひたすらコクコクとうなずいていた。

「ああ、迷いますね…あ、まずはなにか飲みますか?」
「………」
「…カフェラテでよろしいのですね?」

それにしても、背の高い方の男性はべらべらと喋り続けている。
景勝さんは先ほどからずっと黙っているというのに、まるで会話をしているよう。
以心伝心とはこの事かぁ、なんて思いながら見ていると面白くて、ついつい俺はぼーっと二人を観察していた。

「………すみません、あの!」
「あ、はい!」
「すみません、ひとまずモンブランとカフェモカを二つずつお願いします」
「はい、かしこまりました。モンブラン二つ、カフェモカ二つですね。えっと…メニューはおいておきますね」

ひとまずということは、まだ頼むつもりなんかなぁ…
と思ってそのままカウンターへ引き返す。
すると背の高い男性は、さっそく笑み(それも女の子が見たら、たまらず卒倒するくらいの)を浮かべてメニューを開いていた。

人を観察するのが昔から好きだったから、俺はカフェモカの準備をしながらチラリとテーブルを盗み見た。

「良い香りがしますね…次はどれにいたしますか?」
「………兼続」

あ、景勝さんがしゃべった!

俺は驚いてコーヒーカップを取り落としそうになる。

どうやら背の高い男性の名は兼続というらしい。
ずっとその兼続さんが喋り倒していたから、景勝さんが声を発したことに異常に驚いてしまった。へえ、思ったより可愛らしい声してるやん…なんでもっとしゃべりはらへんのやろ。

「…ああ、プリンパフェですね。ええ、とても美味しそうです。あ、私にも一口くださいよ?」
「…………」
「えー、ヒドイじゃないですかっ、ならわたしだってチョコパフェあげませんからねっ!」
「……………」
「…本当ですね?」
「……」
「はい、約束ですよ!」

なんて思った途端に喋らなくなってしまった景勝さん。
俺がもっとしゃべればいいだとか思ったからなのだろうか。少し残念。

彼らの歳はいくつだろうか。高校…いや大学生?
よく分からないけれど、大の男性(しかもイケメン)が二人で、メニューを見てキャッキャ言っている(のは一人だけだけど)姿は少し面白い。


「お待たせしました!」

俺がカフェモカとモンブランをテーブルにおけば、嬉しそうにニコニコ笑う兼続さん。景勝さんも無表情ながらも頬が紅潮していた。

たかがカフェモカ、されどカフェモカ。

こういうことがあるから、俺はカフェをやりたかったのだ。
収入や知名度もほしい、でもなにより、来てくれた人の笑みが見たい。
笑みが増えれば自然に、収入も知名度も上がるだろうし。
なんて、自分らしくないなあとは思うのだけれど、ちゃんとした真実だ。

「美味しいです、すごく」

兼続さんは、上品な顔を緩ませて言った。
かっこいい男は何をしてもかっこいいものである。
うん、イケメンってずるい。
たぶん、この人はどれだけ無様に転んでも、笑顔で軽く流してしまうんだろうな。

「……美味しい」

なんて思っていたら、今までほとんど話さなかった景勝さんもつぶやく。
……これはかなり嬉しいな。
思わずにやり、とすると、景勝さんはびっくりしたのか、兼続さんの影に隠れるように小さくなってしまった。





「ごちそうさまでした、行長さん。すごく美味しかった」

お代をいただいてから、兼続さんはそう微笑んだ。

「ありがとうございました。また来てくださると嬉しいです!」
「もちろんじゃないですか!それになんだか懐かしくて…好きです、このお店。また来ますね」
「うわあ、ほんまに。…せや、外は雨やろうし、傘。持って行ってください」

コンビニのビニール傘やけど、と俺が二人に傘を渡せば、景勝さんはぺこんと頭を下げた。どうやら少しずつ俺にもなれてきてくれているようだ。

「………これでまた次も来てもらえますね」
「やだな、そういう魂胆ですか?策士ですねえ」
「実は…なんてね」

そうやってにぎやかな笑い声を上げながら、ドアを開けた。

雨はまだ降っているのだろうか?
それとももう止んだ?

兼続さんは外にでると、小さく声をあげた。

「雨、止んじゃってますよ」

続いて外に出れば、水溜まりが光を受けてキラキラ光っていた。
さっきまでの雨はどこへやら、いつの間にか晴天に。

「晴れましたねぇ」
「ですね」
「……傘は?」

景勝さんは、無言で傘を見つめて、ぽそ、と言う。
俺は兼続さんと顔を見合わせて笑った。
景勝さんも髪を揺らして笑っているように見える。

「でも傘は借りていきます。次に来る理由に」
「あはは、ならまた来てください!」

小さく手を振ると、遠ざかる彼らも振り向いて大きく手を振り返す。

いつもは雨って嫌いな方なんやけどなぁ。
うん、今日は雨に感謝感謝。
通り雨さん、大好きやでー。

そんな、いつもの自分らしくない爽やかな自分に乾杯。
通り雨ビフォーアフター、さあ、明日からも頑張れそうだ。




数日後、有名ブランドUの社長、上杉さんから、ジンジャーティーの大量注文がくるのは、ちょっと先の話。




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