快晴の午後に雨降り予報


!行長と忠興


「いらっしゃいませ」

からんからん、と木の風鈴がなる。

開店1日目。
開店直後の朝早くに大股で入って来たのは、黒い細身の服をまとった男性だった。

二番目のお客さまや、なんて思うと、なんだか顔が綻ぶ。
いくつだろうか。大学生かそれくらいに見える。
彼はカツカツと革の靴を鳴らして、窓側のテーブルについた。
そのまま頬杖をついて、窓の外をぼんやり見ている。

窓の外は麗らかな晴天。
天気予報のお姉さんが降ると言っていた雨はどこへ逃げたのか。

「いらっしゃいませ。どうぞ、メニューになります」

そっとメニューを差し出して、俺はチラリと顔をうかがった。
男性の整った顔は、いくらか不機嫌そう。なんだか怒っているようにも見える。
その男性はメニューをぱっと見ると、小さな声でぼそり。

「コーヒーを1つ」
「……かしこまりました」

…すごい警戒されてる気がするねんけど。
そりゃあまあここはカフェで、俺は店主でこの人はお客さまなのだから、そこまで親しく出来るとは思っていない。ここ自体が新しいから余計に。
けれど、こう…もう少しフットワークが軽くてもいいんじゃないだろうか…なんて。

まあ仕方ないか。
俺はにこりと笑んで一礼をし、カウンターへ戻った。

ちらちらとカウンターから彼の様子を覗く。
先ほどと全く同じ体勢で、頬杖をついてひたすらに外をぼんやり見ているようだった。
…どうかしたんかなぁ。
そんなことを考えながらも手早くコーヒーを入れる。
俺が自分で選んだコーヒー豆。
実は、曜日ごとに種類を変えようと目論んでいた。
ちなみに今日のものは、どちらかというと苦いというよりさっぱりとしていて、少し酸味が効いたものだ。
いい匂いが小さな部屋に立ち込める。

俺とその男性しかいない店内は、かなり広く感じた。
…………相変わらず、沈黙。
コーヒーを淹れながら、他愛のない話をする、つもりだったのだけれど。

「…いいお天気ですねぇ」
「…………」

沈黙。
なんかしゃべってぇや…なんかすべったみたいやんか。
はじめてのお客さんは、むすりと黙り込んで全く動かない。聞こえてないのかな。

「……雪はどこに行ったんでしょうねぇ」

それでも話しかける。
黙ってはいられない性分だから、話が続かなければなんだか寂しい。
少ししょんぼりしながら、コーヒーを運ぶ。

「………」
「お待たせしました、どうぞ」

コーヒーと、サービスで小さなケーキをテーブルに置く。
すると男性はコーヒーに砂糖とミルクを二つずつ入れた。
…コーヒーのそのままのにおい、味わって欲しかったなぁ…

ぼんやり思いながら、カウンターへ帰る。
おれの背中はさぞかし寂しそうだったろう。

それを見てかどうかはわからないが、お客さんの声がぽつりと聞こえた。

「……これ…そのままのにおいも好きだ…けど俺は甘くないと飲めないから」

早口にもごもごと、口の中で消化するように言う。言い訳、なのだろうか。
しかし生憎、店内は音楽が微かに流れているだけだから声は丸きこえだ。
思わず俺、にやり。

「えへへ、ありがとうございます」

その声に返答すれば、男性はこちらをちらりと見て、すぐにそっぽを向いた。
思わず顔がゆるむ。なんだかほっとした。
この男性が、先ほどとは違ってひどく可愛らしい人に見える。

カウンターからにこにこと彼を見ていると、彼はコーヒーに口をつける。

「………美味しい」

一口飲んで、目を見開いた。
顔を真っ直ぐ前に向け、ぴんと背筋を伸ばした。
思わず綻んだ顔はまるで、花が咲いたようなそれ。
ああ、この人は俺のコーヒーを喜んでくれている。

「…ありがとうございます!」

嬉しくて嬉しくて、カウンターから身を乗り出すようにお客さんの顔を見る。
……あれ?
俺はよく分からない、なぞの違和感を覚えた。
どこか見たことのあるような…ないような。
それは久しぶりに成長した幼馴染を見るとかそういうものじゃなく、日常的に見ている何か…たとえば、昔からよく流れているコマーシャルを見ているような、既視感を伴うもので。

「……なんだよ?」

じいっと見ていたら、彼は不惑そうに眉をしかめた。
そのしぐさにピンと来る。

「あ!もしかして…俳優の、細川忠興さん…やないですか?」

ワックスでほどよくばらされた黒髪、釣り気味の目、ほんのり赤い唇。
そうだ。よくテレビでも見掛ける、細川忠興という俳優によく似ている。
コマーシャルのような既視というか、もとよりこの人はよくコマーシャルにも起用されている人なのだ。

俺が恐る恐る聞くと、細川忠興(らしき人)は先ほどとは打って変わって、またはじめの時のような顔でコーヒーをかき混ぜた。
目を伏せる。口元をきゅっと絞る。

「……だから何なんだよ」

先ほどの柔らかな表情はいずこへ。
一気に不機嫌モードの彼は、ふい、とそっぽを向いた。
バラエティに出た際の、クールで大人っぽい雰囲気は皆無に近い。
トゲトゲしている、というか、人に懐かないというか。

しかし、残念ながら俺は近所の忠興ファンのおばさんから、何故そんなことを知っているのか逆に聞きたいくらいにプライベートな話まで聞いているのだった。
テレビで見るより子供っぽくて、つんけんしていて、けれどそこがまた良いのだと。

まあそんなこんなで、俺はやっぱりこの人が細川忠興なのだという結論に達した。

それにしても…なんで怒ってるのだろう。

「やあ、なんで忠興さんみたいな俳優さんがこんな店に…と思いまして」
「…なんか」

気になったんだよ、悪いかよ。客に店くらい選ばせろ。
彼は相変わらず怒った声音で言ったけど、赤くなった顔で言われてしまうとなんだか逆に嬉しい。

「………なんで泣いてはられたんですか?」
「は?」
「目が赤いから」
「……お前、よくしゃべるな」
「性分なんですわ」

忠興さんは呆れているようだけれど、初めよりずっと、雰囲気が柔らかくなっている。
どうやら少し、俺に安心感を覚えてくれたらしい。なんだか猫に懐かれているような気分だ。
彼はまた少しコーヒーを飲んで、こう答えた。

「…喧嘩」
「はあ。喧嘩?」
「フィアンセがさ、キリスト教に目覚めてさ、気付いたらクリスチャンになってた」

実を言うと俺もクリスチャンだけど、都合よく黙っておくことにした。

「俺はな、結婚式は神社って決めてるんだよ!玉(多分、忠興さんのフィアンセなのだと思う)はウェディングドレスより着物の方が似合うんだよ!」

忠興さんはだんだんと感情をあらわにしていく。
最後にはまるで酔っ払いが怒っているみたいにわめくと、バン!とテーブルを叩いた。
コーヒーで酔う人間とかいるんだろうか?
よほど頭に血が上っているのか、顔も耳も真っ赤だ。

しかし彼は気づいてないのかもしれない。
それはただののろけである。

「それで喧嘩して飛び出してきはったんですか…」
「そうだ」
「……なら、神社で着物着て式挙げて、披露宴でウェディングドレス着たらいいんやないですか…?」
「……………」

俺の意見に、はっと気付いたらしい忠興さん。
数秒後、がたりと立ち上がった忠興さんはコーヒーを飲み干してからいい放った。

「玉に謝ってくる!」

お代はここに。……また来る。

数秒後、彼の姿はもうなかった。

窓から、快晴の午後に彼が失踪する姿が見えた。
町のど真ん中、ひとり馬鹿みたいに走っている。
ふと見れば、律儀にケーキも完食済みだ。
いつもクールな俳優、細川忠興のそんな姿ががなんだか面白くて、おれは一人、にやと笑った。




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