はじまりの晴れ


!行長と利家と利長


がこん。
お洒落に飾られたカフェの店内には似つかわない音に、小西行長は思わず天井を見上げた。
昼間の暖かい日差しが店内を包んでいる。外は工事中らしく、小さなドリル音が絶えず響いていた。

天井裏から、つなぎ服の男がひょいと顔を出す。
それから彼は光に顔をしかめ、少しの間キョロキョロしてから、真下にいた行長を目で捉えた。
にっこり笑みながら、眩しそうに告げる。

「よし、もう完璧だぜ。俺らに頼んで正解だったな、小西さん!」

同時に、ブウンと小さく音を鳴らしてファンが回り始める。
つかなかった電気もついた。

行長は目を輝かせて店の中を見回す。
その、天井から逆さになっていた男性…前田利家は天井から飛び降りると、行長の隣に降り立ち、腕を組んで店を眺める。
それにしてもと呟いてから、しみじみと口を開いた。

「………小西さんって変わりモンだよなァ、こんな古びたビルにカフェなんて」
「別にそうでもないですよ。ただ俺は喫茶店、っていうか皆がくつろげる場所を作りたかっただけなんですわ」

それに応えた行長の顔は、少しくすぐったそうだった。


行長がこの古びたビルを借りたのは、つい最近の事だ。

長かった下積みを終えて十分に金も貯めた行長は、どこかで念願の喫茶店を開こうと思っていた。別にどこでも良かったし、今まで色んな物件を見てきたのだが、如何せんピンと来ない。
そんなこんなであちこちを見て回った末にたどり着いたのが、ここ。

赤いレンガにはツタが巻きついており、窓ガラスは割れ、くもの巣でいっぱい。汚くてどうしようもないのだけれど、なんだかとてつもなく懐かしいと感じた。魅かれる。

ここに、喫茶店をつくりたい。

そのことを、このビルの持ち主である大会社の羽柴秀吉に頼み込めば、「いいアイデアだし、直に社長に言ってくるところが気に入った」という理由で、破格の値段で貸してもらえたのだった。
聞いたところによれば、ここ10年近く全くの手付かずで、ずっと寂れていたらしい。
それでもいいのかと秀吉が聞くと、行長は電話越しにも関わらず、満面の笑みで頷いた。


ビル自体は二階建てで、さほど大きくはない。だから一階を解放してカフェにし、自分は二階で暮らすことにした。
店内はなんとか自分で掃除した。テーブルやイスなども配置したし、壁だって自分で塗った。
もう万端だと、電気をつけようとした矢先…電気が何故かつかない。

行長は秀吉に修理店を紹介してもらった。前田修理店という会社の彼らは、電話して五分も経たないうちにカフェに飛び込んできて、あれやこれやと世話を焼いてくれた。
その上、思いの外早く終わったので、不安だった天井やらの点検までもお願いしてしまっていたのだ。
二つ返事で済ませてしまうところなど、まさになんでも修理店なのだなぁと行長は思う。


「二階も綺麗になりましたよ」

利家と何気ない話をしていたら、上から先ほどまで二階で作業していた数人が降りてくる。
その中の一人の青年が息を弾ませてこちらへ向かってきた。
行長を目に映すと、柔らかく微笑んで会釈した。癖毛がふわりとゆれる。

「おーおー利長、よくやった!」

利家は利長と呼んだ青年の背をバシバシと叩いて喜んでいる。
それにむせながら青年は苦笑い。

「小西さん、これでもう二階に住むこともできる。さっきこの利長にベッドやテーブルやらを運んどいてもらったからな」

実はカフェで手一杯だった行長を見て、利家は二階の修理も手がけてくれていたらしい。
彼はその手伝いをしてくれていたのだろう。
息子なんだ、と利家は嬉しそうに言って、利長の肩を叩いた。

「よろしくお願いします」
「こちらこそ!」

顔はあまり似てないけど、雰囲気はよく似ている気がする。
まだ学生なのだろうか。これからまたすぐに部活にでも行くのだろう、方にはスポーツバッグをかけていた。どうやら父親の手伝いに駆けつけてきてくれたようで、随分親孝行やなと行長は一人感心していた。

「じゃあ、僕はこれから部活があるので」
「おう」
「部活……」

やはりそうだったのかと行長が首を傾げるのを見て、利長はまた微笑んだ。

「長浜高校で、剣道部に入っていて」

長浜高校…確かこの近くにある高校のはずだ。
夕方になると時折、この前を通る長浜高校の生徒を見かける。

「うわ…ごめんな、部活あるのに手伝わしてもて…」
「構いませんよ。でもオープンしたら呼んで下さいね」

利長は手を軽く振って店から出て行った。
からんからん、とドアにつけた木の風鈴がなる。
……全く、良く出来た息子やな。

「じゃあ、行って来ます」
「おう!……小西さん、そういや忘れてたぜ!」

利長を見送った利家の突然の大声に、行長は少し苦笑いした。
元気がいいのがこの、前田修理店のいいところだとはずっと前に心得ている。

彼は気づけば先に外に出ていて、ガラス越しに利家がこちらに向かって激しく手を振っているのが見えた。
行長が外へ出ると、満足したように歯を見せて利家は笑っている。
指は真っ直ぐ、上を指していた。

「へへ、部下に頼んで看板も作ってもらってたんだよ」
「えー!」

見上げた行長は思わず感嘆の声をあげた。
ビルの一階の上のほうには看板。この店の名前が大きく刻まれていた。木で出来た、柔らかい雰囲気の看板に、思わず行長は目を見開いたまま、数秒間立ちつくしていた。

先ほどから聞こえていたドリルの音は、なるほどこれだったのか。
行長は再び利家を見た。

「もう…ほんまに…ありがとうございます!」
「もらった仕事はやりつくす!それが俺たちのポリシーだからな!」

嬉しすぎて死んでしまう、とはこのことを言うのだろうか。
「ただの修理店だと思ってちゃだめやぞ、行長!」
なんて言った秀吉の声が蘇る。
利家は満面の笑みで腕を組みなおした。朗らかに笑う彼に行長は抱きつきたくなる。
そのかわり、と身を返した行長は、ドアにかかったプレートをひっくり返した。

青から赤へ。
CLOSEからOPENへ。

それから、利家の前にしゃん、と立って咳払いをして…


「1600に、ようこそ!」


一番はじめのお客さまに、恭しく挨拶。

さあ、開店や!



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