哀願涙
※正則+吉継
吉継の病気が悪化したあたり。


泣きたきゃ泣けばいいんじゃよう、と市松が泣いた。
か細く、なのに力強く泣いた。

鼻水を垂らして、顔をぐしゃぐしゃにして私の前にへたりこんでいる。
半ばひったくるように私の両手首を掴むと、言葉を紡ぐ度に掴んだ手に力を入れた。少し痛い。
けれど、そんなに握りしめて私の病が移ったらどうするんだい?私は汚いのに。

「な、あにさん…泣けばいんじゃよう!わしも泣くからさあ、冗談なんて抜きで、泣きたいときゃあ思いっきし泣いていいんじゃよお」

もう泣いてるじゃないか、市松。なんて、心の底でくすっと笑ってみた。

強くてもろい、彼にはこの言葉が一番に合う。
まるで鉄のよう。どれだけ硬くても、熱を加えればぐにゃぐにゃに溶けてしまう鉄。
まさしく、市松だ。

「泣いてくれ、なんとか、しんどいとか辛いとか言ってくれ、兄さん!そうせんと、兄さんはわしから遠ざかってしまいそうなんじゃ!」

がしりと、今度はその手で肩を掴まれた。
大きな図体をちっさくちぢこませて、私の肩をぎゅうと握る。そのわりに力は弱く、払えば簡単にほどけそう。
私に対する憎しみはない、多分。彼の目は澄んでいる。

でも私は醜いのだ。自負している。知っている。
知っているから、自然と殻をつくる。知っているから、自分の醜さをこれ以上晒すのはごめんだと思っている。

「ほら、市松汚いから」
「いやじゃ、どかん!」

小さい子供のように、市松は泣きじゃくっていた。
わからん、わからんとつぶやく。

「なんで兄さんは自分を汚いとか言う!なんでしんどくても泣かん!」

私の目には既に、薄く水の膜が張っていた。
いや、だがここで泣くわけには行かないのだ。取り返しの付かないことになる。
誇りなど、今はあってはないようなものだと思っていたが、醜いわたしが醜く涙をこぼすと言うことは、やはり嫌だった。これは確かに、少さいながら自尊心と言うものだと思う。

「わしはこわい」

市松は目を目をそらした。
手が緩む。手を解かれて、わたしは息を大きく吸った。
いけない、泣きそうだ。飲まれてしまう。

「いつ消えてしまうか分からんから、こわい。人の目の奥に何が潜んでるのか、分かるのがこわい……きのにいは逃げんのか?きえちまうんか?…なあ、そんな気がして怖いんじゃ…きのにい、消えんでくれよう?約束じゃから…」

逃げないよ、逃げるわけないじゃないか。そう言おうとして、はたと気がつく。

私は自分が汚いものだと定義している。いや、それ自体は多分本当だ。けれどそれだけじゃない。

それを盾にして、全てから逃げようとはしていないか?

私は自分を隠すことに必死になりすぎたのかもしれない。いや、そうなのだ。
知っていたけれど、今まで逃げていた。だから今日こそ、受け止めようと思う。

私を追い詰めた何かが揺らめく。
殻にひびが入る。
もう、殻にこもるのはやめよう。
今がきっと、孵化の時だ。

「……市松」
「…兄さん?」
「泣き言を言っても、いいかい」

市松の目がゆっくりと見開かれる。
私の目の水の膜は、耐え切れなくなったのだと叫んで破裂した。



修正して再録。
相変わらず市松は良く泣く‥


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