正義について
※雑賀孫一(鈴木重朝)と鳥居元忠
すごくシリアスです。元忠死ねた。


私の正義など、先ほど血に混じって死んでしまった。

恐るべき、というのか。
大きな戦が、火を噴こうとしていた。にょきにょきと伸びすぎた芽を伐るべく、庭師が鎌を振り下ろすかのような猛攻。
誰だって、敵ならば生かせない。生かせてやるものかと。

私もその深く生臭い禍根に生きていて、人を殺す。

私が着いた時には伏見城は落城寸前だったが、それでも今の今まで持っていたのは。

「鳥居元忠殿とお見受けいたす!いざ尋常に…」
「雑賀孫一殿、ですね?」

火の中で優しく笑う、この男性のお陰なのかも知れない。

私はその振る舞いに唖然とした。落城も間近で、疲労困憊で、何故笑っていられるのか。

「さあ来なさい。俺が討ち取って差し上げます」
「………」

そして、相手が私を知っていることにも驚いたが、それよりも、まだ生きるつもりなのだという事にひどく驚く。

傷だらけ血だらけの体に、鋭く光る瞳孔が私を見ていた。
心中をえぐられる気がする。思わず目線をそらしたが、彼はそのまま私を見つめ続けた。
何故か逃げ出したくなった。

「…あなたは何が正義だと思いますか?」
「え?」

突然かけられた思いがけない問いに、私は思わずつまった。
この期に及んで正義がなんというのだ。

「正義………?」
「そう、正義です」

思わず少し考える。
考えているうちに、自分から力が抜けていく。
自信がないわけではない。むしろあったつもりだ。しかし彼の問いかけを聞いているうちに、本当の正義について自分の中で考え始める自分がいて。

考えた末に、この言葉に行きついた。鳥居殿の目を見つめ返す。

「……私の正義は、雑賀にあります。そして雑賀の正義は今、石田殿に」
「ほう」

鳥居殿は嬉しそうに目を細める。行きついた答えはなんにせよ、よく答えてくれたと言うかのように。
そしてこの場に似つかわない表情で私に語りかけた。

「それでは反対ですね。俺は、正義は東軍にあるのだと思うのです」

そりゃそうだろう。彼は東軍なのだから。

「という事は、あなたは俺にとって悪。また、その逆も然り」

神妙な顔をして、彼はゆっくりと刀をしまった。そして外を顧みる。
騒々しい城のまわりは、今でも交戦中だ。雑賀衆の鉄砲が火を吹く音もするし、鳥居軍が猛攻する音も聞こえる。
この一画だけ、まるで別の世界のように静か。

「……本当は」

まるでこの空間には時間がない。ただゆるゆると空間が広がる。壮年の男性は穏やかに呟いた。

「本当は、何が正義なのでしょうね」

ゆっくりと振り返る。わたしは火縄銃を、人知れず強く強く握りしめていた。
恐らく指先は真っ白になっているのだろう。

「さあ、そろそろはじめましょう。早く刀をお取りなさい」

きらりと刀身が煌めき、ようやく我に返った。彼の言われるがままに、鉄砲をもどして刀を抜いた。

「最後の戦でしょうね。一発で決めてくださいよ?」
「え?」

鳥居殿はやんわり笑うと、私に向かって刀を向ける。

「一騎討ちを所望いたします」

私は刀を握って走り出した。
肉を斬る音が嫌いだ。
血飛沫を見るのが怖くて、目を瞑る。

きぃん、と鋭利な音が響く。
刀と刀が触れ合い、鳥居殿は私の刀を自分のそれで撫でる。
少し焦った。疲れているとは言えど、彼はかなり強い。対して私は刀働きは苦手な方で、次にどうすればいいかなんてことは模擬試合でしか経験したことがない。

慌てて体制を建て直すと、薄目を開けて鳥居殿の懐に突っ込んだ。

嫌な音がした。
嫌な鉄の臭いが鼻をつく。

ひゅ、と鳥居殿の喉が鳴る。
彼は小さく咳き込んで、私と一緒にその場に崩れた。

反射的に目を開けると、私の刀は鎧の隙間の、彼の脇腹を貫いている。

「え……」

状況を飲み込むのに、かなりの時間がかかった。ごくり、と喉を鳴らす。じっとりと汗ばむのは、暑いからではない。

「っ元忠殿!」

私が異変に気付いたのはすぐだった。彼の刀はどこだ?まわりを見回せば、彼の刀は遠くに転がっていた。故意に放り投げたみたいに。
恐らくそうなんだろう。

「元忠殿、何をして…!」
「……これで良いのです」

何を言っているんだろうか。
あなたが討たれたら、この城は落城してしまうというのに。
あなたを刺したのは、紛れもなく私なんだけれど。

「……俺の使命は殿の命を全うすることです。殿は俺に、この城を預けて下さりました。
この城は直に落ちます。分かっております。だから」
「だから、自分も共に果てる気なのだとおっしゃるのですか?」

焦るように早口で伝える彼。私は彼の言葉を引き継いでから、しばらく黙り込んだ。
むしろ何を言うこともできなかった。

この人には大事な君主がいる。私にも君主はいるが、こちらはただの傭兵だ。
金で動く。動機は金だし、自分の気持ちは二の次三の次だ。
だから正義が分からなくなる。

「……何故生きようとしないんですか…徳川殿は、あなたが必要のはずです」
「………私の正義は今、殿を少しでも守ることですから」

にっこりと笑う彼に、自然と涙が出た。
正義がなんたるかは知らないが、人は信じたものこそを正義とするんだろう。
元忠殿は最後まで正義に染まっていたのだ。それを私が、斬って消した。

私には正義が分からない。
何故なら信じれるものがないからだ。
彼の身がどうなろうとも、私は彼にに絶対に勝てないだろう。
元忠殿を抱えて、私は久しぶりに声をあげて泣いた。




元忠は、孫一(重朝)に首を自ら差し出したらしいです。



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