おに
※正則と才蔵
結構シリアス。
関ヶ原西軍敗退の知らせの後。


涙は流せども枯れることは無いと、いつか教わったことがある。
うそじゃ、ありえない、涙なんて流し続ければいつか乾いちまうんじゃ。乾いて、乾ききって、それはもう砂のようになって。
でも、と正則は唇をかんだ。

「うそだろお」
「なんで、なんで」
「涙が、止まらんのじゃ…」

涙の水源は、涸れることなど無かった。

「なんでだよ…んなの、勝っても嬉しくねぇよ……!」

うつむいて、息を止める。
思わず陣から飛び出した。

人々は驚いていたし、止めようと声をかけた人はいたけれど、無視をして走った。

そうすれば涙が止まると思った。
もう散々なのだ。
泣くのも、苦悩するのも。

確かに彼奴が…三成が憎い。
わしは己に嘘などついていないと正則は誓える。
けれど心のどこかで模索していた何かが、いつの間にかほつれ、みしみしと音を立てて弾かれながら、たったいま、ぶちりと切れた。

己にうそをついてなどいない。そう、うそをついていた。

何か憎むべきものがないと、強さなどただの飾りだと思ってきた。
正則の場合、たまたまその矛先が三成に向いていただけ。気づいたら、その憎しみは本物になっていた。

どうやら人は、一度憎しみを抱くと、その相手の悪いところばかりが見えてしまうものらしい。

「憎かったんじゃねえのかよお、わしは、お前を憎んで、お前も、わしを憎んで…違うか、そうじゃろう三成!」

涙を流しながら正則は叫んだ。とめどなく流れ続けるそれを、交じり合う血をぬぐいもせずに。
叫ぶことでうそが解けるわけではない。けれどそう知っているからこそ、意味なんてないからこそ、正則は感情に身をゆだねた。

「憎いんじゃ、兄さんを、秀吉さまを、皆をわしの前から奪ったお前が、憎くて憎くてたまらんはずなんじゃ!」

とっくの昔に勝敗は決まっていたのだ。
戦でどれだけ勝とうとも、正則自身は負けていた。
その証拠に、吉継や秀吉が信頼を置いていたのは正則じゃなく、いつも三成だったから。
どれだけ武功を立てても、褒美をもらっても、不思議と疎外感を感じることは何度もあった。
認めてほしい、気付いてほしいと思う人はみんな、正則でなく三成を誉めていた気さえする。

わあわあとわめく正則を、こっそり後をつけてきていた才蔵は食い入るように見る。
今はこの馬鹿な主の、心のままにある姿を見ておかなければならないと思ったのだ。だから。

「お前はズルい…もうわしから何も奪わんでくれよぉ…」

これ以上わしから何も奪わないでくれ。
ただでさえわしの回りにはもう何もないのに、三成まで消えるな。勝ち逃げなんてそんな簡単な言葉じゃない。

なあ、もう十分じゃろ?

「奪うだけ奪って、なんで逃げる?義とかなんとかで皆をわしから奪って、義が叶えられたみたいな顔して逃げんのか?義なんてもの、死ねば全部全部同じじゃろう!なあ、お前の義ってなんじゃ?なあ…」

三成が逃げ切れるはずはないだろう。恐らく逃げ落ちてもどこかでばれる。

そこまでして逃げていいのか?
再戦を試みて体制を建て直すにしても、それだけの人望を持っているのか?
豊臣の義のために、また人を死なせるのか?
義のために人が死ぬって、義は人のためにあると言うのに、それでもまだ人が死ぬ戦をしようというのか?
―――兄さんはお前のために死んだのに?

ぐるぐる渦巻く思いが、正則を取り巻く。憎いってなんだっけ、分からなくなった。
ただ、涙はいつの間にかなりを潜めていた。
時折思い出したように目頭が熱くなるだけだ。

才蔵はそんな主の背を睨みつけた。

「わしが、憎いのは、三成じゃッ!」

正則はまるで自分に言い聞かせているように声を荒げる。才蔵は目を伏せたまま、ゆっくり近づいて正則の肩に触れた。冷たい。

「殿さん」
「…はなせ」

正則は家臣を睨みつけた。その目は光を持っておらず、深い淵に落とされた鬼のよう。
ただ激情に飾られただけの、濁った目。それは怒りというよりは、疑問や疲労や…悲しみをまとっていた。
少し才蔵はひるんだが、正則の目を一瞥してから睨み返した。

「離しませんぜ」
「そうせねば、わしはお前を殺すかもしれん」
「まあそれも、ある意味本望でさァ。今はあんたの方が危なっかしいんでね」

へらりと笑って言う。
正則は已然、地面をぎりぎりとにらみ付けていた。
才蔵はそれを見ると、首をかしげた後、こぶしを固めた。

「…殿さん」
「…んだ…よっ!?」

才蔵の拳が、大きく弧をかいて正則の頬に激突した。
がつり、と骨と骨がぶつかる音がする。殴られた張本人は、目を見開いたまま、ぽかんとしている。
才蔵が、正則を思いっきり殴ったのだ。
才蔵は拳を解いて、正則の胸倉を掴んでまくし立てた。

「わめくのはいつでもできるだろう、でもアンタは大将だ!どっしりと構えてなくちゃなんねえんじゃねえか!?」
「……才蔵?」

正則の瞳に、光が戻る。朦朧としていた瞳孔が才蔵に焦点を合わせた。
先ほどまでまとっていた、澱んだ気配はない。
才蔵はため息をついて、手を離した。

正則は言われた言葉を受け止めて、口をつぐんで目をそらした。

分かってるつもりだった。
そうだ、自分は大将だ。
少なからず、この部下たちはわしについて来てくれとる。わしを、認めてくれている。
みんな別々の意志と信念があって、それに見合えるよう、叶えることができるために必死だけど、それでもだ。
三成のことだって、自分が勝手に憎んで、勝手に先走っていた。

分かった顔をして、実は全然分かっていなかった。

「……いつもならこう言ってますよ。でも、今回はそんな軽いもんじゃなさそうで?」
俺にはよくわかんねェんですけどね。でもあんたが苦悩しているくらいは分かりますんでさ。
話なら聞きますぜ、と才蔵が笑えば、

「……憎しみってなんじゃろう…わしは……」

三成を憎んでなんてなかったんかもしれん。

膝から力が抜ける。正則はへたりと崩れ落ちた。


才蔵最強説。


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