夕闇酔い

※信長と恒興と長秀と成政

みんながまだ若い頃の話!


「……かつさぶろぉ…酔った……」

うぇ、と口元を押さえる。苦々しい顔をして、おれに助けを求めるのは、おれの主君であり、乳兄弟でもある彼。

「…殿……」

……全く、とため息をついた。

何を思ったのか、突然信長さまが「宴を開く!」だなんて言い出した。
始めは久しぶりの無礼講だとか言って、家臣も皆乗り気だったけれど、昼間から長々と続いた宴は気づけば深夜にまで延びていた。

我にかえって回りを見れば、みんなつぶれているか、熱心に語り合っているか、馬鹿みたいにけたけた笑っているかのどれかだ。
熱気と笑い声が、広間に広がっては籠る。
うちの家臣には笑い上戸が多いから尚更だ。

おれはというと、元から酒にはかなり強いし、後片付けのため(侍女に頼むばかりは悪い気がしたのだ)に酒は付き合いだけに留めていたから、少し体が温かいだけで他はどうもない。
五郎左も片付けのために酒を控えてはいたが、酔いに酔った犬千代と殿に絡まれて、今は気持ち良さそうに眠りこけている。

それに比べて殿はというと、元が派手好き祭り好きなのはある。
飲めや飲めやと酒をあおり、完璧に酔っ払ってしまった。最早しっかりとした意識はどこかへ。
ただ問題なのは、今やあまりの酔いに、立って歩くどころか、気持ち悪くて眠りにさえつけないらしいということ。

それでも、厠、と言っておれに誘導させるところはやはり、酔っても彼らしいというか。
隣からかかる重圧は、瞬きをするたびに重くなっていっている気がする。

「……殿」
「きもちわりぃ」
「飲みすぎるからでしょうが」
「…かつさぶろ…」
「なんですか?」
「………やっぱり部屋に連れていけ」

思わずぽかん、としてしまった。
厠じゃなくて部屋って、部屋は反対方向だぞ。

「はあ。厠はいいんですか?」
「うん。部屋」

力なく頷く。先ほどから(というか昔からだけど)この人は、人を振り回してばかりだ。
けれど、それで悪い気がしないのは殿の不思議なところでもある。
……きっとこれが、藤吉が言う、「信長さまの魅力」なんだろう。

ずっしりと右から重みをかけてくる殿の左腕を、おれの右肩に担ぎ直した。
やっぱり、歩く度に重くなってる気がするんだけど…これは、子泣き爺改め子泣き魔王ってやつなんだろうか。なんだそれ、怖いな。

「……はい、つきましたよ。とりあえず水をとってきますから……」
「うん、ありがとな」

酔っているからか、やけに素直だ。

部屋には既に、布団が敷かれていた。
隣の部屋からいびきが聞こえるから、どうやら侍女が気を使って、全員の部屋に布団を敷いてくれたようだ。

とりあえず布団の上に(落とすように)殿を座らせると、急いで踵を返して水を取りに向かう。

ふと通りかかった侍女たちの部屋から、くすくすと笑う声が聞こえて少し立ち止まった。

「………ね、楽しかったわ」
「柴田さまがあんなに酔われるとは思わなかったわね」
「それにあんなに純粋に楽しそうな殿、始めてみたし」

柔らかな談笑に、おれもつられて笑いを噛み殺す。
殿の言葉に、おれも始めは何を言い出すんだと思ったけれど、どうやら宴は好評だったらしい。
良かったですね殿、大成功ですよ。

一人でにやにや笑いながら、水を湯飲みに入れたものをいくつかお盆に置いて、こそこそと部屋へ向かった。
障子を開けると、殿がいかにも気持ち悪そうに床に伏している。
うーとかうげぇーとかぼそぼそと聞こえる辺り、まだまだ気持ち悪いのだろう。
近づいて、声をかける。

「殿ー。お水ですよー」
「……うん」

顔を背けたまま、片手を差し出す。湯飲みを持たせると、一気に飲んでもう一度手を差し出した。
同じことを二回、繰り返す。
そのあと、再びうつむいて黙り込んだ。

「殿?」
「…うん」
「殿、まだ水いりますか。まだありますよ」
「…いらん」
「そうですか?」

一応はもう、大丈夫のようだ。
後はとりあえず寝付ければ良いのだけれど、おれがいたら多分、誰かがいるという存在感を感じて眠れないだろう。
けれどだからと言って、一国一城の主を放っておくのも危険な気がする。
………仕方ない、廊下で見張りでもしていようか。

「…じゃあおれは外にいますから……」

思案の末に言いながらくるりと向きを変えて立ち上がろうとすると。

どん、と衝撃が襲った。

訝しげに下を見れば、殿が膝立ちのおれの腰元に抱き着いて、そのままぎゅっと腕を回している。
背中に顔を押し付けたまま、動かない。

「殿?」

そんな殿っ、おたわむれを!
なんて、おれが女なら言っていただろうな。
しかし残念ながらおれは女ではない。
それに顔の整った殿だとは言え、男に抱き着かれて嬉しいなんて気はこれっぽっちもなくて。
不審げに体を揺すってみても、殿は微動だにしなかった。

「どうしたんですか殿。蹴り飛ばしちゃいますよ」
「………」

冗談めかして言ったのに、殿はおれの背中に顔を押し付けたままだんまりを決め込んでいる。
なんだか空回りな予感。

ふと気づけば、何故かおれの着ている物は、何かでしっとり濡れている。
もしや、と思って鼻をひくつかせたが、酸っぱい匂いはしない。
そうではなくて……

「………っ」

殿の肩が揺れている。
ぎゅっと回した腕と、着物を握りしめた指先は微かに震えていた。
おれは小さく息をつくと、腰をゆっくり降ろした。
殿に向き直る。
それと同時に殿は、力を込めていた腕と指先から力を抜いてうつむいた。

「どうしたんですか、殿」

柔らかく聞いてみれば、膝の辺りで握った手を、もっと強く握り直している。
もう一度どうしたのだと問い、顔を覗き込もうと身を乗り出すと、殿がなにかを言ったのが聞こえた。

「………怖い……」
「…怖い?」
「…怖いんだ…お陽……!」

そして、声と同時におれの胸にすがりついた。
お陽、と言う言葉でふと気づいた。
酔っ払った彼はおれに、彼の乳母を…おれの母を見ているということ。

母と似ているとは、よく言われる方だから、彼の目にはおれが、おれの母…養徳院、お陽に見えたのだろう。

冒頭で述べたように、おれと殿は乳兄弟にあたる。
大乳母さま、と回りから呼ばれていたおれの母は、殿の乳母。
殿はおれの母に大変なついて、よく甘えたりもしていたから、殿にとって第二の母のようなものだったのだろう。
殿に乳母が必要でなくなった今では、母は家に戻り、おれと二人で暮らしている。だから、殿が母に会うこと自体が一気に減ったのが今の状態だ。

「……殿」
「誰を信用して良いのか分からん…今はこうやって、楽しく過ごしているが、いつかは皆、おれから離れてしまいそうで……」
「………」
「お陽、どうしよう。どうにかしたいけれど、どうしたらいいか分からん」

おれは他の人と比べて、少し小柄ではあるけれど、特別華奢でも美麗でもない。
包み込めるような柔らかな体なんて持っていないし、手だって骨張っているし。

けれど、この人の事は信頼しているし、真っ直ぐに、人間として好きだ。

体は柔らかくないが、そこは気持ちで嵩ましできたら、なんて思いつつ、おれは殿をぎゅっと抱き締めた。
今だけは、おれを母だと思ってくれて構いませんから、なんて呟きながら。

「……っお、よぉ…っ」
「大丈夫です、吉法師さま。みな、あなたの事を信頼しています」
「けどっ…俺は人に些か横暴だし、辛く当たってしまったりもするし……」
「時にはそんなこともありましょう。けれどその倍、あなたは優しいですから」
「…………っ」

どうやら今までも、こういう事を考えることは良くあったらしい。
家臣に横暴な態度を取りつつも、どこか自分がどうしたらいいか分からなくなっていたのだろう。
実は皆の事をとても大切に思っているのだけれど、そのことに自分が気づかない。

この人は自分勝手に見えて、実は人一倍、自分の良さを分かっていないんじゃないだろうか。

せきを切ったように、というのだろうか。殿が堪えていた嗚咽はいつの間にか涙声になっていて、おれの着ている物をしとどに濡らす。

おれは微笑むと、背中に回した手で、とんとん、と殿の背を叩いた。
拍子をとるように叩き続けると、殿の様子はだんだんと収まっていく。

どれくらいその状態だったかはわからないが、微かに聞こえる、小さな寝息。
ただでさえ酔っ払っていたのに、その上泣きながら喚いたのだ。
酔った勢いというやつか…いや、酔った勢いだからこそ、疲れてしまったんだろう。
反対におれはおれで、久しぶりに彼の気持ちが聞けて、不思議な満足感がある。

月明かりが優しい。
殿の背中で拍子を取りながら、殿の寝息を聞いていたら、いつの間にか瞼が重く、重く。
寝てはだめだ、ここで寝てしまったら家臣失格だぞ。と自分に言い聞かせながらも、意志とは反対にうつらうつらと舟を漕ぐ。
そういえば今日はずっと動いていたから……

心地よい微睡みが少し続いて、おれの意識は下へと落ちていった。




******



「……寝てたっ!」

いけない、と脳内の自分に叱咤されて、私は飛び起きた。
…いや、起きようとしたが、上半身だけにとどまった。

…重い。
そろそろと見れば、私の膝の上には犬千代。犬千代に覆い被さるかのように内蔵助と権六殿が倒れ付している。
三人とも動く気配はなく、私は身動ぎもできない。

何事か、もしや謀反か何かで皆討たれてしまったのか、などと一瞬真っ青になるが、ひどい頭痛で一気に思い出した。
頭ががんがんと痛い。
そうだ、昨日は宴で……

「あ!」
「んー?どうした五郎左」
「どうしたもこうしたも!私達、片付けもなにもしていないじゃないですか!」

まだ半分眠っている内蔵助の問いにぎゃんと吠えるように噛みついた。
そうだ、思い出した。
昨日突然開かれた宴。
その片付けをする気で酒を控えていたのに、私は注がれるままに酒を飲んで…寝入ってしまっていたらしい。

ああ、もう!情けない!

権六殿をごろりと前に押して、半分起き抜けの内蔵助を立たせ、まだ眠っている犬千代の下から両足を引っ張り出して足で蹴る。
ふと回りを見れば、それはもう…なんとも言えない乱れよう。

勝三郎も眠ってしまったんだろうかと思って回りを見ると、彼の姿は見当たらない。

「……あれ?」
「…殿がいない」

私が首をかしげると同時に、あくびをしながら内蔵助がぼそり。
彼は唸りながら伸びをすると、目を擦り、私に問う。

「なあ、五郎左。殿は?おれ、殿から謎かけの答えまだ聞いてない…」
「勝三郎もいないんですよ」
「え?」

まさかとは思うが、二人で屋敷を抜け出したりはしていないだろうか。…いや、犬千代ならともかく、あの真面目な勝三郎がそんなことするようには思えないし。

「………部屋…かな」
「だな」

ふむ、と顎を撫でると、内蔵助は私の前を歩いて、殿の部屋へと向かい始めた。



「………部屋、だったな」
「ですね」

少し開いた襖に、軽くもたれ掛かるようにして、やはり二人は部屋にいた。
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえる。
どうやら二人とも熟睡しているらしい。…いや、勝三郎が時折苦しそうに唸っているのをみるとそういう訳でもなさそうだ。
なにはともあれ、大変なことにはなっていなくて、少し安心した。

「…なんともまあ…すごい恰好で」

内蔵助が苦笑いして言った。
確かにすごい体勢だ。
座った体勢の勝三郎に、殿が寄りかかるようにして眠っておられるんだから。

「………よし、内蔵助」
「ん?」
「殿の足を持ち上げてください」
「おお」

腰に挟んだたすきで、腕捲りをする。
よし、と小さく掛け声をすると、私は殿の両脇を抱えて布団に寝かせる。
勝三郎をずりずりと引っ張って、同じように隣に寝かせた。

久しぶりに、昼過ぎまで寝るのも時には大切ですからとにっこり笑んで囁くと、内蔵助に向き直った。

「さて、広間の片付けをしましょうか!」
「えっ…」

私の満面の笑みに、内蔵助の頬がひきつったのは言うまでもない。




ほのぼの織田家が好きです^^*
会話文だけでおまけ↓





「ん………」
「おう、起きたか勝三郎」
「え?あ、あぁ。おはようございます…?(あれ、いつも通りだ…そりゃ、覚えてるはずないか)」
「と言ってももう昼だがな」
「……あー。すみません」
「いや…謝るのはこっちだ」
「はあ」
「………昨日は悪かったな。変なところを見せた」
「いや、あれは……って殿、気づいてたんですか?」
「起きて気付いた(…恥ずかしすぎる…)」
「あー……(恥ずかしい…)……っていうか、殿」
「なんだ」
「なんでおれだって気付いたんですか?」
「そりゃ、長い間一緒にいるからな。分からんわけないだろうが」
「そうですか(なんだかんだでまた…)」
「というのは後付けだ(キリッ)」
「は?」
「お前にはお陽のような乳はないし、お陽はお前みたいに骨っぽくないわ!」
「………(一瞬でも信じた自分が馬鹿だった)」




おちなしでした、お疲れさまでした(笑)


prev next
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -