絶望を喰らえ
※真田昌幸とその息子二人。
犬伏の別れの話。かなりアレンジしていますが‥!
信幸が強か者です。




「…本気なの?」
「本気だよ」

俺の問いに、兄貴はゆっくりと頷く。
目の前が真っ赤になった。





「なんで、どうして!内府は悪い奴なんだ、どうして味方なんか…!!」
「落ち着け信繁!」
「これで落ち着いてなんていられませぬっ!治部とは仲も良かったではないですか、文も交わして」
「私は治部が大嫌いだよ」

飛びかからんばかりの俺を、兄貴の声が押し留めた。思わず目を見開き、息が上がる。
二の腕を掴んで俺をじっと見ていた親父が、首を横に振った。

何故?
今まで楽しそうにしていたのは何だったんだ?
預かった治部の文を渡せばにこにこ笑んでくれた兄貴は、柔らかい笑みを浮かべた優しい“兄ちゃん”は。あれは嘘ものだったのか?

目の前に佇むのは、目を伏せて冷たい表情をした男だ。
…こんな男、俺は知らないよ。

「治部の…傲慢な立ち振舞いも、横柄な口調も、口先だけの態度も、私は大嫌いだ。知らなかったのかい?」

目を細め、にっこりと笑む。
違うよ、兄貴はそんな笑い方なんてしない。

「知らないよそんなの。嘘なんてやめろよ」
「嘘じゃないよ。じゃあ、小松が待っているからもう行くね。父上、失礼いたします」

言いたかったのはこれだけなんだ、と気味の悪い笑みを残して、ひらりと男は去っていった。
膝立ちになっていた足から、力が抜ける。

あの人はこれを決別とするつもりなんだ、多分。
もう敵同士なんだ。
あの人は内府に肩入れしているんだ。治部とのどんな良い思い出も、あの人にとっては腹の底では嘲笑としかなり得なかったんだ。

全て、作り物の嘘ものだったんだ。

そう思うと、胸の奥にどろどろとした、まるで融けた鉄みたいな感情が蠢くのが分かった。
片目から涙が落ちる。色を別つこの目でさえ、今は恨めしい。

「親父」
「なんだ」

親父はこの事を知ってたの?
どうして止めなかったの、それとも今知った?
言いたいことが有りすぎて、何も言えない。けれどただ一つ、声に出して言えることがある。

「親父、俺はあの人を許せない」

俺がこの手で、地獄に突き落としてやる。
絶望を喰らって、死んでしまえ。






安堵のものだろうかもわからない。
ため息をついた息子に、俺は謝ることしか出来なかった。

「すまん」
「謝らないで下さい、仕方ないんですから」

困ったように笑う信幸は、手を軽く振る。
仕方ない、と言われればそうかもしれない。しかし他の手があったのでは、と考えると苦しくなる。
俺の方法は合っていたのだろうか。
正直に、真田家の存続のためだとか、信幸も信繁も、婚姻関係は裏切れないのだとか。
言えば、良かったのだろうか。

「ああでもしなければ、信繁は戦わないんですもの」
「……しかし」
「父上」
「………」
「あなたの道は、正しい」

信繁は、信幸が敵であると言えば確実に怖じ気づく…というか、本気で戦わない。何故なら、アイツが大切にしているのは“豊臣への義”でも“武士としての義”でもない。“真田の義”なのだから。

だから信幸に頼み込んだのだ。
…片目を別つような別れを。

「…本気でそう思っているのか?」
「うーん…半分、でしょうか。もしかすると、まだ他の方法があったのかもしれません。検討のしようがあったのかも。少し早まりすぎたのかもしれません………しかし」

信幸は柔らかく笑んで見せた。
いつも見せる、あの顔だ。

「…私も真田の男ですから」

ふと気付く。
そうだ、こいつは。もしかすると、俺が思うよりずっと強い人間なのではなかろうか。
そしてこいつは、もしかしなくても、俺より、信繁より強い。

「…治部には文を出しました」
「そうか。なんと?」
「不束者ですが、父と弟をよろしく、と」
「…………」
「お返事には、任されたとございました。ああ見えて動物を扱うのは得意なのだそうですよ」

こいつは親を一体何だと…
ころころと笑う信幸を一瞥する。
それを見て、信幸はくしゃりと表情を崩した。

「父上はなんでしょうね…鷹でしょうか?信繁は大きな犬ですね」
「さしずめお前は鹿の皮をかぶった虎か何かだな」

そんなはずはございません、私は生まれたての小鹿と言っても良いくらいですよ。
俺が茶化すと、信幸は膨れたふりをした。
しかし、その表情に僅かに哀別の意が含まれているのは、親として見逃せない。

「………父上」
「…なんだ」
「私は、真田の人間です。父上と信繁と同じ血が流れている」
「………………」
「父上も信繁も、真田の人間です。そして真田は決して負けない」
「信幸」
「再び会い間見えたく思いますれば」

あまりにも強い、息子の目に縫い付けられる。
俺はゆっくり頷いた。
そして微かに笑んで見せる。

それだけだった。
気付けば俺よりも遥かに強くなっていた息子の目線に、そうすることしか出来なかったのだ。







遅くなりましたが、英雄さまに提出させていただきました!
選ばせていただいたお題は“絶望を喰らえ”ですが‥‥若干どころかかなり脱線してしまっているような気がします‥´`

犬伏の別れの話ですが、自宅の信繁はちょっと直情の気があるので、どう転がしても逸話通りにはなりませんでした‥(‥)
そして信幸って、実は最強な気がして‥(笑)
ちなみに片目がなんとか言っていますが、それは自宅の信幸信繁はオッドアイ(信幸は右が赤、信繁は左が赤なのです。トンデモ設定ですが‥^^;)なので‥‥

腹黒い?一芝居打った信幸が書けて楽しかったです^^

素敵な企画さまに参加させていただき、本当にありがとうございました!


prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -