※加藤二柱と清正
ギャグ。清正が不憫。
「殿〜、殿〜」
ほんわかとした声と共に、裸足で床を歩く、ぺたぺたという音がする。
少しずつ近付いて来る音をよそに、加藤清正は一人目を閉じたまま、座禅を組み直した。
(心を無にするんだ、清正)
自分で自分に言い聞かせる。
「殿〜、殿〜、殿はおられませんのか〜?」
(心を、無に!)
依然として自分を呼ぶ声は響き続けていた。どうやら部屋を一つ一つ、開けては清正を探しているらしい。
それはまるで、あたかもかくれ鬼でもしているが如く。
その度に清正は心を無にしようとする。だがその度、とのとのとのとの、と自分を連呼する声がそれを邪魔するのだった。
(こ、心を……無に…)
しばらくすると、しゃあっと、障子を開ける音がする。
(来なくていいのに!)
声の主は「ここにおられたのですか」と柔らかい声音で呟くと、清正の隣にすとんと座り、清正をうかがった。
しかし、知らんぷりだ。
いや、そもそもおれは今座禅をくんでいるのであって、こいつの声に気づくことが可笑しいのだ。うん、そうだそうだ。
「殿、」
「……………」
「殿〜!」
「………………」
「と、」
ぷちん
「うるさい、力……」
目を喝!とばかりに開いて怒鳴ると、ヒィと怯えた声がして。
「士……………」
隣を見れば、森本義太夫、通称力士が丸い体を小さくして、がたがたと震えているのだった。
「わた、私は………なにもして、いない…です……」
湿っぽい空気に、清正は思わず閉口。どうしようもなく、ただしどろもどろに目を泳がせた。
どうしよう…すごくめんどくさい。
義太夫は子供の頃からずっとこんな感じだった。
少しでも相手が怒っているように見えたら、驚くほどびくびくする。誤解がすぐに解ければ良いのだが、義太夫の場合、びくびくすると同時に殻にこもるようになってしまう。
彼は穏やかで気立ても良く優しいし、案外果敢で頼もしい。
だが、どうにもこういう時の義太夫は苦手…というか。扱いにくいと言うかめんどくさいと言うか。
時が経つと持ち直すのだけれど。
こういう時、清正は決まって気まずくなりうつむいてしまう。
「殿、また力士を泣かせたんすか?」
突然かかった声に振り向けば、襖から背のひょろりと高い男が顔を出していた。
「才八ッ」
助かったかとでもいうように、清正は目を輝かせる。飯田覚兵衛、通称才八はやれやれと首を振った。
「殿、アンタちゃんと力士の持ってるモン見ました?」
「持ってるモン…?」
「小西から届けものッスよ」
「はあ?」
意外な言葉に清正は眉を潜めた。見てみれば、義太夫は大きな箱を抱えている。
(小西…箱……危険!)
見事な連鎖と今までの経験で、清正はざざ、と後ろに引く。なにがあるのかわからない。というか経験上、贈り物が良いものだった試しがない。
「力士、危ないぞ!」
「ふぇ?」
涙と鼻水を拭ったばかりの義太夫は、眉を下げて口をぽかんと開いた。
「いいから!早く退け!」
「は、はい」
義太夫も続いて後ろによる。箱をじぃっと見ながら、爆発などしまいか、と清正は身を屈めた。
「あ、あのぅ………」
義太夫は清正の裾をちょいちょいと引っ張る。清正がそちらを向けば、
「お尻事情の薬がなんたらって言っていましたけど……?」
依然おろおろとした態度で義太夫は答えたのだった。
「お、お尻事情?」
ドキリ。思わず声がひっくり返る。
「どーしたんですか、殿?」
覚兵衛は全てお見通しだというばかりに、笑いを含んだ声で言う。これは普通、家臣が主にするべき行動ではない。
清正は真っ青になると、覚兵衛をちらりと見た。
「…………」
隠していたりするのだが、実は清正はアレなのである。空気に触れると非常に痛む、あれ。
お尻を蹴られた時には、泣き叫ぶほど痛くて、実は座禅を組んでいても、心を無にと思念していても、なんだかんだでその事しか考えていない。
「………………」
もしその箱に、薬が入っているのなら。
「殿?」
「才八、これ、開けても良いだろうか?」
「良いんじゃないんすかぁ?」
「うおっ!」
「僕は知りませんけど」
にっこり笑った覚兵衛に引き吊った笑いを送ると、清正は泣く泣く、義太夫に箱の処分を命じたのだった。
「ククク………えー気味やわぁ…………」
屋根裏からした声は、きっと幻聴であると己に言い聞かせながら。
★
修正して再録。
清正不憫。