明星の叫び
※虎之助と弥九郎
結構物騒です。


なあ、と声をかける。

「加藤くん、あんた何してるか分かってる?」

弥九郎は、薄く笑みながら目の前の少年を見た。
その少年、虎之助は自分よりはずっと年下だけど、自分よりずっと強い目を持っている。

弥九郎が問うと、虎之助は少し考えてから意を決したように口を開いた。

「………お前を殺そうと」

そう思って殺しにきた。

虎之助は年とは似つかわしい固い表情で弥九郎を見ると、どこから手にいれたのかも良くわからない小刀を握り直した。
刃がにぶく光る。弥九郎はそれに目もくれずに、虎之助の顔を一瞥した。

おもんない顔しとるわ。真面目すぎんねん。


明星がひかる明け方、虎之助は弥九郎の前に現れた。
弥九郎の朝は早い。夜も早いが、朝なんて驚異的な早さだ。まだ空が暗い頃、朝を告げる鳥がさえずるより早く目が開く。
それを皆知っているはずなのに、何故今くるんだろう。寝ているうちを討つなら深夜が一番なのに。

そして先ほどの、お前を殺すと言う発言。

全くもって意味が分からない。こいつの頭は大丈夫なのだろうか。
…とうとう壊れたか。

「…はあ?殺すって何?泣き言言いに来た、の間違いやろ。秀吉さまに怒られた?市やんとでも喧嘩した?」

べらべらと喋りかけても、彼は動こうともしない。
…ほんまにおもんないわ。

そう思った弥九労が深呼吸をすると、虎之助は小さく後ずさりする。まるでなにかを感じられるのが怖いとでも言うかのように。

もう一度、息を吸う。
すると、かすかに。

「…きみ、人でも殺したんか」

血のにおい。
弥九郎は顔をしかめた。血のにおいは嫌いだ。胸がもやもやする。

虎之助は目を見開いて一気に怯えた表情になると、首をブンと振った。

「違う!おれはただ怖くて」
「殺したんやろ?で、なんでかウチをも殺しにきたと」

ドンピシャやん?なんなんこの子、自分から墓穴に入りよって、あほなん?
弥九郎がため息をつくと、虎之助は小さく声を漏らした。

「こうでも、しないと、死んでいたから」
「なにが?」

弥九郎は目を細めた。

「おれが」
「へえ」
「………知らない男に、突然殺されそうになったんだ」
「で、殺したんや?」
「俺はわるくないっ!」

虎之助の目から、突然ぼろぼろと涙が落ちていく。手に持った脇差はカタンと音を立てて下に落ちた。
弥九郎はぼんやりと気づく。

ああ、この子もしかして。

「泣きたきゃちゃんと泣けばええやんか」
「な、泣いてなんかいない!目に汗が入っただけだ!」
「…自分、あほ?」
「何!?」
「……あー、もうなんでもないわ」

きっと、誰かに気づいて欲しかったのだ。

まだ年若い虎之助からすると(弥九郎からしてもだが)、人を殺すだなんてとんでもないことだったんだろう。
誰か気づけ!おれを助けてくれ!………こわい。
そんな叫びが自分に向かったのだろうと、弥九郎は推測する。

ウチやったら、なんとなく気づいてくれるとでも思ったんかな。最終的には気づいたけど。これはあれなんか、お友達への第一歩ってやつ?

………キモッ。

そう思いながらも、隣に座り込んで手ぬぐいを渡せば、虎之助は警戒して弥九郎を見る。片頬が引きつっていた。

「顔きちゃないで」
「………え」
「なんなんその顔の半分」
「いや、べつに」

朝が来れば、どうせいつもどおりに減らず口を叩くのだろうけど、久しぶりにこいつの泣き言をきくのも悪くないかもしれない。
…そしてまたそれを弱みとして握るという手もあるなあ、と弥九郎は頭の隅で思った。


「泣き言やったらきいたるで」

にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべる弥九郎を見て、虎之助は再び頬を引きつらせた。




再録。
意外に仲良し。



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